クロスコンパイラ (クロスコンパイラ) とは | 意味や読み方など丁寧でわかりやすい用語解説
クロスコンパイラ (クロスコンパイラ) の読み方
日本語表記
クロスコンパイラ (クロスコンパイラ)
英語表記
cross-compiler (クロスコンパイラ)
クロスコンパイラ (クロスコンパイラ) の意味や用語解説
コンピュータプログラムは、プログラマが記述したソースコードを、CPUが理解できる機械語に翻訳することで作成される。この翻訳作業を行うソフトウェアが「コンパイラ」である。一般的に、ソフトウェア開発は、そのプログラムを実行するコンピュータ上で行われる。例えば、Windowsパソコン用のアプリケーションは、Windowsパソコン上でコンパイルされる。このように、コンパイラが動作する環境と、生成されたプログラムが実行される環境が同一である場合、そのコンパイラを「ネイティブコンパイラ」と呼ぶ。これに対し「クロスコンパイラ」は、コンパイラが動作する環境と、生成されたプログラムが実行される環境が異なる場合に用いられる特殊なコンパイラである。具体例を挙げると、高性能なパソコン上で、スマートフォンやIoTデバイス、ゲーム機などで動作するプログラムを生成する際に使用される。このとき、開発作業を行うパソコン側を「ホスト環境」、プログラムが最終的に動作するスマートフォンなどの機器側を「ターゲット環境」と呼ぶ。クロスコンパイラは、ホスト環境で動作しながら、ターゲット環境の仕様に合わせた実行可能ファイルを生成する役割を担う、現代のソフトウェア開発に不可欠なツールである。 クロスコンパイラの詳細を理解するには、ホスト環境とターゲット環境の具体的な違いを知ることが重要である。両環境の主な違いは、CPUのアーキテクチャとオペレーティングシステム(OS)に起因する。CPUアーキテクチャとはCPUの設計仕様のことであり、パソコンで広く使われるx86系や、スマートフォンや組み込み機器で主流のARM系などがある。x86アーキテクチャ向けにコンパイルされたプログラムは、ARMアーキテクチャのCPUでは動作しない。また、OSが異なればプログラムの実行に必要な仕組みも異なるため、例えばWindows用に作られたプログラムはLinuxやmacOSでは直接実行できない。クロスコンパイラは、こうしたCPUアーキテクチャやOSの違いを吸収し、ホスト環境とは全く異なるターゲット環境向けのプログラムを生成する能力を持つ。では、なぜこのようなクロスコンパイルが必要になるのか。その理由は主に三つ挙げられる。第一に、ターゲット環境のリソースが極端に制限されているためである。家電製品やセンサー機器に搭載されるマイクロコントローラなどの組み込みシステムは、メモリ容量やCPUの処理能力が非常に低い。このような非力なマシン上で、大規模なプログラムのコンパイルという重い処理を実行することは現実的ではない。そこで、開発者は高性能なパソコンをホスト環境とし、快適な開発環境でコンパイル作業を行い、生成された実行可能ファイルのみをターゲット環境に転送して動作させる手法を取る。第二に、ターゲット環境に開発環境が存在しないためである。私たちが普段利用するスマートフォンや家庭用ゲーム機には、利用者がプログラムをコンパイルするためのツールは標準で搭載されていない。これらの機器はあくまでプログラムの実行環境として設計されており、開発は別のコンピュータで行うことが前提となっている。したがって、これらの機器向けのアプリケーションを開発するには、ホスト環境でクロスコンパイラを使用することが必須となる。第三に、まだOSが存在しない全く新しいハードウェア向けのソフトウェアを開発するためである。開発中の新しいコンピュータボード上で最初に動作させるOSカーネルやブートローダといった根幹部分のソフトウェアは、そのボード自身ではコンパイルできない。既存のコンピュータ上で、新しいハードウェアの仕様に合わせたクロスコンパイラを用意し、プログラムを生成して書き込む必要がある。クロスコンパイラは単体で使われることは少なく、通常はアセンブラ、リンカ、標準ライブラリなど、ターゲット環境向けのソフトウェア開発に必要な一連のツールとセットで利用される。このツール一式を「クロスコンピレーションツールチェーン」と呼ぶ。クロスコンパイルは非常に強力な開発手法だが、注意点も存在する。ホスト環境とターゲット環境では、データの内部表現(エンディアンなど)やデータ型のサイズが異なる場合があり、プログラマはこれらの違いを意識する必要がある。また、ホスト上でのコンパイルが成功しても、ターゲットでの実行時に問題が発覚することもあり、デバッグが複雑になりやすい。そのため、ターゲット環境を模倣するエミュレータの活用や、実機での入念なテストが重要となる。このように、クロスコンパイラは、異なるハードウェアやOSが混在する現代のソフトウェア開発、特に組み込みシステムやモバイル開発の現場において、中心的な役割を果たす基盤技術となっている。