高性能コンピューティング (コウセイノウコンピューティング) とは | 意味や読み方など丁寧でわかりやすい用語解説
高性能コンピューティング (コウセイノウコンピューティング) の読み方
日本語表記
高性能コンピューティング (コウセイノウコンピューティング)
英語表記
High-Performance Computing (ハイパフォーマンスコンピューティング)
高性能コンピューティング (コウセイノウコンピューティング) の意味や用語解説
高性能コンピューティング、通称HPC(High Performance Computing)とは、一般的なコンピュータでは処理に膨大な時間がかかる、あるいは事実上不可能であるような、極めて大規模で複雑な計算問題を、非常に高速に解決するための計算技術、およびそのシステム全般を指す。その目的は、科学技術の研究開発、製品設計、大規模なデータ解析など、多岐にわたる分野で、より高度なシミュレーションや予測を可能にすることにある。例えば、天気予報の精度を高めるためには、地球全体の大気の動きを細かくモデル化し、膨大な方程式を解く必要がある。また、新薬の開発では、無数の候補物質と病気の原因となるタンパク質との結合をシミュレーションし、効果的な薬を見つけ出すために大規模な計算が求められる。これらの計算は、個人のPCや通常のサーバーでは何年もかかる場合があり、HPCはその計算時間を数時間から数日といった現実的な期間に短縮する役割を担う。HPCシステムの基本的な考え方は、単一の非常に高性能なプロセッサに頼るのではなく、多数の計算機(計算ノード)を連携させて、一つの巨大な仮想的コンピュータとして動作させる「並列計算」にある。一つの大きな問題を多数の小さな問題に分割し、それを各計算ノードに割り振って同時に処理させることで、全体として圧倒的な処理能力を実現する。 HPCシステムを構成する要素は、主に計算ノード、インターコネクト、ストレージ、そして各種ソフトウェアから成り立っている。計算ノードは、実際に計算処理を実行する個々のコンピュータであり、多数のCPUコアを搭載したサーバーが基本となる。近年では、CPUに加えて、画像処理に特化したプロセッサであるGPU(Graphics Processing Unit)を汎用的な計算に利用するGPGPU技術が広く採用されている。GPUは単純な計算を大量に並列実行することに長けており、特定の種類の科学技術計算やAIの機械学習においてCPUを遥かに凌ぐ性能を発揮する。次に、インターコネクトは、これら多数の計算ノード間を接続する専用の超高速ネットワークである。並列計算では、各ノードが計算の途中結果を他のノードと頻繁に交換する必要があるため、この通信速度がシステム全体の性能を決定づける重要な要素となる。InfiniBandなどの低遅延・広帯域な技術が用いられるのが一般的である。ストレージシステムもまた重要であり、計算の入力となる大規模データや、計算結果を保存する役割を持つ。多数のノードから同時に大量のデータアクセスが発生するため、高速な読み書き性能が求められ、複数のディスクを束ねて並列にアクセスする並列ファイルシステムが利用される。LustreやGPFSなどがその代表例である。これらのハードウェアを効率的に制御し、利用者に使いやすい環境を提供するために、様々なソフトウェアが稼働している。オペレーティングシステムはLinuxが主流であり、その上でジョブスケジューラが、多数の利用者から投入された計算ジョブ(計算の要求)を管理し、空いている計算ノードに割り当てる役割を果たす。そして、開発者はMPI(Message Passing Interface)やOpenMPといったライブラリやプログラミングモデルを用いて、自身のプログラムを並列化し、HPCシステムのリソースを最大限に活用できるように記述する。MPIはノード間の通信を制御するための標準的な規約であり、並列プログラミングにおいて広く用いられている。 HPCの応用分野は非常に幅広い。物理学や化学の分野では、宇宙の成り立ちを探るシミュレーションや、新しい材料の物性を原子レベルで解明する研究に活用される。製造業においては、自動車の衝突安全性解析や航空機の空力設計など、かつては実物での試作と実験を繰り返していた工程をコンピュータ上のシミュレーション(CAE)で代替し、開発期間の短縮とコスト削減に貢献している。金融分野では、複雑な金融派生商品の価格評価や市場リスク分析に用いられ、高速な意思決定を支援する。近年、HPCの重要性が特に高まっているのが、人工知能(AI)と機械学習の分野である。特に深層学習(ディープラーニング)モデルの学習には、膨大なデータセットを用いた莫大な量の行列演算が必要となり、HPCの並列計算能力が不可欠となっている。また、クラウドサービスの普及に伴い、自前で大規模な設備を保有することなく、必要な時に必要なだけHPCリソースを利用できる「HPC on Cloud」も広がりを見せている。計算能力の指標としては、1秒間に実行できる浮動小数点演算の回数を示すFLOPS(Floating-point Operations Per Second)が用いられ、世界のスーパーコンピュータの性能は、京(けい、10ペタFLOPS)、富岳(ふがく、約442ペタFLOPS)のように、常に向上を続けている。現在は、その先の1エクサFLOPS(1秒間に100京回の計算)を目指すエクサスケール・コンピューティングの時代に突入しており、HPCは科学技術と産業の発展を支える根幹的な計算基盤として、今後も進化を続けていく。