位相偏移変調(イソウヘンイヘンチョウ)とは | 意味や読み方など丁寧でわかりやすい用語解説
位相偏移変調(イソウヘンイヘンチョウ)の意味や読み方など、初心者にもわかりやすいように丁寧に解説しています。
読み方
日本語表記
位相偏移変調 (イソウヘンイトヘンチョウ)
英語表記
Phase-shift keying (フェーズシフトキーイング)
用語解説
位相偏移変調は、デジタル信号をアナログ信号に変換するためのデジタル変調方式の一つである。英語ではPhase Shift Keyingと呼び、その頭文字を取ってPSKと略される。コンピュータなどが扱う「0」と「1」のデジタルデータを、電波や光などの物理的な波(搬送波)に乗せて遠くまで伝送するために用いられる技術である。変調とは、情報を伝えるために、基準となる波である搬送波の特性を変化させる操作を指す。変化させる特性には振幅、周波数、位相の三つがあり、位相偏移変調ではこのうち「位相」を変化させることで情報を表現する。位相とは、波の周期的な揺れ動きにおける特定のタイミングや位置を示すものであり、波の開始点をどこにずらすか、と考えると理解しやすい。最も基本的な位相偏移変調はBPSK(Binary Phase Shift Keying)と呼ばれ、日本語では2位相偏移変調と訳される。BPSKでは、デジタルデータの「0」と「1」を、互いに180度異なる二つの位相に割り当てる。例えば、「0」を位相0度、「1」を位相180度の波として送信する。受信側では、受信した波の位相を検出し、それが0度なのか180度なのかを判定することで、元のデジタルデータ「0」か「1」かを復元する。この技術は、無線LANや衛星通信、RFIDなど、現代の多くの通信システムで基盤技術として広く利用されている。
伝送効率を向上させるため、一度に多くの情報を送る多値の位相偏移変調が考案された。その代表例がQPSK(Quadrature Phase Shift Keying)、すなわち4位相偏移変調である。QPSKでは、4つの異なる位相(例えば0度、90度、180度、270度)を用いる。これにより、一度の変調で2ビットの情報を表現することが可能になる。具体的には、「00」を0度、「01」を90度、「10」を180度、「11」を270度といったように、2ビットの組み合わせをそれぞれの位相に割り当てる。BPSKが1回の変調で1ビットしか送れないのに対し、QPSKは同じ時間で2ビットを送ることができるため、理論上の伝送速度は2倍になる。同様に、さらに多値化を進めた8PSKでは8つの位相を使い、一度に3ビット(2の3乗が8であるため)の情報を伝送する。このように、使用する位相の数を増やす(多値化する)ことで、周波数帯域を変えずに伝送できる情報量を増やすことが可能となる。しかし、多値化には限界がある。位相の数を増やすと、隣り合う位相の角度差が小さくなる。例えば、BPSKでは位相差が180度あるのに対し、QPSKでは90度、8PSKでは45度となる。この位相差が小さいと、伝送路で発生するノイズなどの影響によって、受信側が正しい位相を誤って判定する確率が高くなる。つまり、伝送効率を高めようとすると、誤り率が上昇しやすくなるというトレードオフの関係が存在する。
位相偏移変調において、受信側が送信された信号の位相を正しく検出するためには、送信側が用いた基準となる位相を正確に知る必要がある。このために、受信機内で送信側と同じ周波数と位相を持つ基準搬送波を再生し、それと比較して位相差を検出する同期検波という方式が用いられる。しかし、この基準搬送波の完全な同期は技術的に難易度が高い場合がある。そこで、この問題を回避する手法として差動符号化が用いられることがある。これは、信号の絶対的な位相に情報を割り当てるのではなく、一つ前に送信した信号からの位相の「変化量」に情報を割り当てる方式で、差動位相偏移変調(DPSK: Differential PSK)と呼ばれる。例えば、ビット「1」を送る場合は位相を180度変化させ、ビット「0」を送る場合は位相を変化させない、といったルールで変調する。これにより、受信側は厳密な基準搬送波を必要とせず、直前に受信した信号の位相を基準にできるため、受信機の構成を簡素化できる利点がある。位相偏移変調の大きな利点は、信号の振幅が常に一定であることだ。これにより、信号を増幅する際に増幅器(アンプ)に高い線形性が要求されず、電力効率の良い非線形な増幅器を使いやすい。これは特に、送信電力に制約がある衛星通信や携帯端末などにおいて重要な特徴となる。一方で、前述の通り、伝送効率を上げるために多値化を進めるとノイズ耐性が低下するという欠点を持つ。特に16値以上になると、位相と振幅の両方を変化させる直交振幅変調(QAM)の方が、同じ伝送効率でより高いノイズ耐性を実現できるため、高速なデータ通信ではQAMが採用されることが多い。位相偏移変調は、その特性から無線LAN(IEEE 802.11規格の一部)、Bluetooth、NFC、衛星放送規格(DVB-S2)など、多岐にわたる通信システムで、要求される速度や通信環境に応じて単独で、あるいは他の変調方式と組み合わせて活用されている。