スペクトラム拡散 (スペクトラムカクサン) とは | 意味や読み方など丁寧でわかりやすい用語解説
スペクトラム拡散 (スペクトラムカクサン) の読み方
日本語表記
スペクトラム拡散 (スペクトラムカクサン)
英語表記
Spread Spectrum (スプレッドスペクトラム)
スペクトラム拡散 (スペクトラムカクサン) の意味や用語解説
スペクトラム拡散は、無線通信において、信号の信頼性、秘匿性、効率的な多重アクセスを実現するための重要な変調技術の一つである。この技術の基本的な考え方は、送信したい情報信号が持つエネルギーを、通常よりもはるかに広い周波数帯域に意図的に「拡散」させることにある。これにより、信号は特定の周波数帯に集中せず、あたかも広範囲に薄く広がったノイズのように振る舞うため、様々な利点が得られる。 まず、主な利点の一つは耐ノイズ性および耐干渉性の向上である。信号が狭い帯域に集中していると、その帯域で発生するノイズや他の信号からの干渉の影響を強く受けてしまう。しかし、スペクトラム拡散を用いることで、信号エネルギーが広い帯域に分散されるため、特定の周波数帯に局在するノイズや干渉による影響を大幅に軽減できる。受信側では、拡散された信号を元の狭い帯域に戻す「逆拡散」処理を行うが、このときノイズや干渉成分は拡散されたままであるため、信号だけを効率的に取り出すことが可能となる。 次に、秘匿性の高さも重要な特徴である。スペクトラム拡散では、データを拡散させるために「擬似雑音符号(PNシーケンス)」と呼ばれる、一見するとランダムに見えるが実は規則性を持ったデジタル符号を用いる。このPNシーケンスを知らない第三者が信号を受信しても、それはただのノイズにしか見えず、情報の内容を傍受することは極めて困難である。この特性は軍事通信などで特に重視されてきた。 さらに、多重アクセス能力の向上も挙げられる。異なるPNシーケンスを使用することで、複数のユーザーが同じ周波数帯域を同時に利用することが可能となる。これは符号分割多重アクセス(CDMA: Code Division Multiple Access)と呼ばれ、限られた周波数資源を効率的に利用できるため、携帯電話や無線LANなどの無線通信システムで広く活用されている。 スペクトラム拡散の主要な方式には、「直接拡散方式(DS-SS: Direct Sequence Spread Spectrum)」と「周波数ホッピング方式(FH-SS: Frequency Hopping Spread Spectrum)」の二つが存在する。 直接拡散方式は、データ信号に直接PNシーケンスを乗算(排他的論理和、XOR演算)することで、信号を広帯域に拡散させる。具体的には、データビット一つに対して、PNシーケンスの多数のチップ(符号素子)を割り当てる。例えば、1ビットのデータを送信するために、PNシーケンスの100個のチップを使うと、信号の帯域幅はおよそ100倍に広がる。受信側では、送信時と同じPNシーケンスを用いて逆拡散処理を行う。このとき、正しいPNシーケンスと同期していれば、広帯域に拡散された信号エネルギーが一点に集中し、元の情報信号が復元される。一方、ノイズや干渉信号は拡散されたまま、あるいはさらに拡散されるため、信号成分だけが明確に浮かび上がる。これにより、高いSN比(信号対雑音比)で通信が可能となる。GPS(全地球測位システム)の測位信号や、初期の無線LAN規格(IEEE 802.11b)などで利用された。 周波数ホッピング方式は、PNシーケンスに基づいて、搬送波の周波数を高速かつ規則的に切り替える(ホッピングする)ことで信号を拡散させる。短い時間の間だけ特定の周波数を使用し、すぐに別の周波数に移動するという動作を繰り返す。この周波数遷移のパターンはPNシーケンスによって決定される。受信側も同じPNシーケンスに基づいて周波数ホッピングパターンを同期させ、送信側の周波数遷移を追従することで信号を受信する。この方式の利点は、特定の周波数帯域で強い干渉が発生しても、すぐに別の周波数に移動するため、通信が途絶えにくい点にある。また、ホッピングパターンを知らない傍受者にとっては、信号が短い時間だけ特定の周波数に現れては消えるため、やはり解読が困難となる。Bluetoothや、初期の無線LAN規格(IEEE 802.11FH)などで採用された。 これらのスペクトラム拡散技術は、無線通信の発展に大きく貢献してきた。特に、複数のユーザーが同じ物理的な空間や周波数帯域を共有しながら、互いに干渉し合うことなく安定した通信を行うための基盤技術として、現代のモバイル通信やIoTデバイスの普及に不可欠な存在となっている。スペクトラム拡散は、単なる信号の広帯域化に留まらず、通信の信頼性、安全性、効率性を根本から向上させるための巧妙な工夫である。