【ITニュース解説】第2回 医療業界における生成AIの応用をアーキテクチャから考える

2024年10月25日に「Gihyo.jp」が公開したITニュース「第2回 医療業界における生成AIの応用をアーキテクチャから考える」について初心者にもわかりやすいように丁寧に解説しています。

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ITニュース概要

医療業界における生成AIの活用事例や課題、解決策を解説。エンジニア向けに、前提となる法律や必要なシステム構成(アーキテクチャ)を具体的に紹介し、知らずに法令違反をしないための知識を提供する。生成AIを医療分野で安全に活用するための技術的・法的な視点を学べる。

ITニュース解説

生成AIは、文章作成や画像生成など、様々な分野でその能力を発揮し、大きな注目を集めている。その中でも特に期待が大きいのが医療業界での活用だ。人々の健康や生命に直結するこの分野でAIが活躍すれば、診断精度の向上や新しい治療法の開発など、計り知れない恩恵がもたらされる可能性がある。しかし、医療分野には特有の難しさがあり、特に法律や規制という大きな壁が存在する。システムエンジニアがこの分野で活躍するためには、AIの技術だけでなく、こうした背景を深く理解することが不可欠だ。

医療現場における生成AIの具体的な活用例としては、まず医師の診断支援が挙げられる。患者の症状や検査データ、問診内容などをAIに入力すると、考えられる病気の候補やその根拠となる医学的知見を提示してくれる。これにより、医師は多角的な視点から診断を下すことができ、見落としを防いだり、より迅速で正確な判断を下したりする助けとなる。また、AIは個々の患者に合わせた治療計画の立案も支援できる。膨大な臨床データや最新の医学論文を学習したAIが、患者の遺伝子情報や生活習慣などを考慮し、最も効果的と考えられる治療法や薬の組み合わせを提案する。これは、個別化医療の実現に向けた大きな一歩となる。その他にも、AIチャットボットが診察前に患者から症状を聞き取って要約し、医師の業務負担を軽減したり、研究者が最新の医療論文を効率的に検索・要約したりするなど、活用の幅は非常に広い。

このように大きな可能性を秘める一方で、医療分野でAIシステムを開発するエンジニアが必ず直面するのが、法律と規制の壁である。最も重要なものの一つが、医薬品医療機器等法、通称「薬機法」だ。もし開発するAIソフトウェアが、病気の診断や治療、予防といった医療行為そのものに関わる判断を行う場合、それは単なるソフトウェアではなく「医療機器プログラム(SaMD)」として扱われる。医療機器とみなされると、製品として市場に出す前に、国の審査機関(PMDA)による厳格な審査を受け、承認や認証を取得しなければならない。開発プロセス全体で品質管理体制を構築し、有効性や安全性を科学的に証明する必要があるため、一般的なソフトウェア開発とは比較にならないほどの時間とコスト、そして専門知識が要求される。

もう一つの大きな壁は、個人情報の取り扱いだ。AI、特に生成AIを高性能化するには、大量のデータを学習させる必要がある。医療分野においては、そのデータとは患者のカルテ情報や検査画像などを指す。これらの情報は、個人情報保護法において「要配慮個人情報」と定義されており、最も慎重な取り扱いが求められる。学習データとして利用するには、原則として患者一人ひとりから明確な同意を得なければならない。さらに医療業界には、個人情報保護法を補完する形で、厚生労働省などが定めた「3省2ガイドライン」という特別なルールが存在する。このガイドラインは、医療情報の安全な管理について極めて厳格な基準を設けており、データの匿名化処理一つをとっても、専門的な知識と技術が必要となる。これらの規制を遵守せずにシステムを構築することは、深刻な法令違反につながるリスクをはらんでいる。

こうした法律や規制の課題を乗り越え、安全な医療AIシステムを実現するためには、技術的な工夫、すなわち適切なアーキテクチャの設計が極めて重要になる。まず基本となるのが、機密性の高い医療情報をインターネットから物理的に切り離された安全なネットワーク環境、いわゆる「閉域網」で取り扱うことだ。これにより、外部からのサイバー攻撃や情報漏洩のリスクを大幅に低減できる。そして、AIモデルの運用も、外部のクラウドサービスにデータを送るのではなく、病院内のサーバーで完結させる「オンプレミス」環境が推奨される。病院自身がデータを完全に管理下に置くことで、情報漏洩のリスクを最小限に抑えることができる。

さらに、AIモデルそのものにも工夫が必要だ。汎用的な生成AIをそのまま医療に使うと、専門的でなかったり、誤った情報を生成(ハルシネーション)したりする危険がある。そこで用いられるのが、「ファインチューニング」と「RAG(Retrieval-Augmented Generation)」という技術だ。ファインチューニングは、病院内で匿名化処理を施したカルテや院内マニュアルといった専門的なデータを使い、汎用AIモデルを再学習させる手法だ。これにより、AIは医療現場の文脈や専門用語を深く理解し、より精度の高い応答が可能になる。一方、RAGは、AIが回答を生成する際に、外部の信頼できる最新のデータベース(例えば、最新の診療ガイドラインや医薬品情報など)をリアルタイムで参照する技術である。これにより、AIの回答に明確な根拠を持たせ、ハルシネーションを抑制し、常に最新かつ正確な情報に基づいた支援を提供できるようになる。閉域網内のオンプレミス環境に、これらの技術で医療に特化させたAIモデルを構築するというアーキテクチャが、安全性と性能を両立させるための現実的な解決策となる。

医療分野での生成AI活用は、技術的な挑戦であると同時に、法律や倫理と向き合う社会的な挑戦でもある。システムエンジニアには、プログラミングやAIモデルの知識だけでなく、薬機法や個人情報保護法といった規制を理解し、それらを遵守するためのアーキテクチャを設計・構築する能力が求められる。人の命を預かる分野だからこそ、技術力と高い倫理観の両方をもって開発に臨む姿勢が不可欠なのである。