【ITニュース解説】第872回 百度(Baidu)の新しいMoEモデルを、安価なGPUで動作させる
ITニュース概要
中国の百度が開発した最新MoEモデル「ERNIE 4.5」を、手軽な環境で動かす方法を紹介。`llama.cpp`というツールをビルドすることで、高性能ではない安価なGPUでも動作可能になる。最新AI技術を手元で試す手順を解説する。
ITニュース解説
近年、ChatGPTに代表される大規模言語モデル(LLM)は目覚ましい進化を遂げ、多くの分野で活用が始まっている。これらのAIは、人間のように自然な対話を行ったり、文章を生成したりする能力を持つが、その高い性能を支えるためには、膨大な計算能力が必要となる。特に、最先端のLLMを動かすには、データセンターで利用されるような非常に高価なGPU(Graphics Processing Unit)が不可欠であり、個人や中小企業が手軽に利用するにはコスト面でのハードルが高かった。 高性能なLLMの能力は、しばしば「パラメータ数」という指標で語られる。これはモデルが学習した知識の量を大まかに示すもので、数が多いほど、より複雑で高度な処理が可能になる傾向がある。しかし、パラメータ数の増加は、モデルを動作させる(これを「推論」と呼ぶ)ために必要な計算量とメモリ消費量の増大に直結する。このため、高性能なAIを誰もが自由に使えるようにするためには、計算コストをいかに削減するかが大きな技術的課題となっていた。 この課題を解決するアプローチとして注目されているのが、「MoE(Mixture of Experts)」というモデル構造である。従来のLLMが、一つの巨大なAIモデルですべての処理を行うのに対し、MoEはそれぞれ異なる役割や専門分野を持つ複数の小さなモデル(Expert)を組み合わせる仕組みを持つ。そして、ユーザーからの入力(質問など)があった際に、その内容を判断し、処理に最も適したExpertだけを選択して動かす。このとき、他のExpertは待機状態にあるため、モデル全体のパラメータ数は非常に大きくても、実際に一度に動作させる部分は小さく抑えられる。これにより、性能を維持したまま、推論にかかる計算コストを大幅に削減することが可能になる。中国の検索エンジン大手である百度(Baidu)が新たにリリースした「ERNIE 4.5」は、この効率的なMoEアーキテクチャを採用した最新のLLMの一つである。 モデルの構造が効率的になっても、それを手元のコンピュータで動かすためのソフトウェアも同様に効率的でなければ意味がない。そこで重要な役割を担うのが「llama.cpp」というソフトウェアである。これは、もともとMeta社が開発したLLMを、専門的な開発環境がないPCでも動かすことを目的に開発されたプログラムだ。C/C++というプログラミング言語で記述されており、動作が非常に軽量で、CPUだけでも実用的な速度で推論を実行できるという特徴を持つ。もちろん、GPUを使った高速化にも対応しており、現在では多様なLLMを個人のPCで動かすための定番ツールとなっている。 今回のニュースで紹介されているのは、これら二つの技術、すなわちMoEアーキテクチャを持つLLM「ERNIE 4.5」と、効率的な実行環境である「llama.cpp」を組み合わせることで、高性能なAIをより身近なものにしようという取り組みだ。具体的には、この組み合わせにより、一般のユーザーでも入手可能な、比較的手頃な価格のGPUを搭載したPC上で、最新のLLMを動作させることが可能になる。これは、これまで一部の企業や研究機関に限られていた最先端AI技術へのアクセスを、個人の開発者や学生にも広げる画期的な進展である。 システムエンジニアを目指す初心者にとって、この事例は重要な示唆を与えてくれる。それは、限られた計算資源(ハードウェア)の中で、ソフトウェアの工夫(モデルの構造や実行ツールの最適化)によっていかにして高い性能を引き出すか、という問題解決の実践例であるからだ。将来、システムを設計・構築する際には、ハードウェアとソフトウェア双方の特性を深く理解し、それらを最適に組み合わせる視点が不可欠となる。このニュースは、その具体的なアプローチを学ぶための絶好の教材と言えるだろう。