【ITニュース解説】サイバーセキュリティタスクフォース(第47回)の局所を掘り下げる(PQC編)

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ITニュース概要

サイバーセキュリティタスクフォース第47回で、耐量子暗号(PQC)について議論された。量子コンピュータ時代に備え、現在の暗号方式に替わる新たな技術の導入が検討されており、将来のセキュリティ確保に向けた重要な動きだ。

ITニュース解説

システムエンジニアを目指す皆さんにとって、サイバーセキュリティは避けて通れない重要な分野である。日々進化する技術の中で、セキュリティの脅威もまた常に変化し続けている。その中でも特に、近い将来に大きな影響をもたらすと予測されているのが「量子コンピュータ」と、それに対応する「耐量子暗号(PQC)」という技術だ。 現在、インターネット上での安全な通信やデータの保護は、主に「公開鍵暗号」という技術によって支えられている。皆さんが普段利用するウェブサイトのSSL/TLS通信(URLが`https://`で始まるもの)や、電子署名などがこれにあたる。これらの公開鍵暗号は、非常に大きな数字の素因数分解の難しさや、楕円曲線上の計算の難しさといった、現在のコンピュータでは現実的な時間内で解読できない数学的な問題に基づいているため、安全だとされている。しかし、量子コンピュータが登場すると、この前提が崩れる可能性がある。 量子コンピュータは、従来のコンピュータとは根本的に異なる原理で計算を行うため、現在のコンピュータでは非常に時間がかかる計算を、驚くべき速さで解き明かす能力を持つ。特に、ショアのアルゴリズムと呼ばれる量子アルゴリズムは、現在の公開鍵暗号のセキュリティを支える数学問題を効率的に解くことができると理論上示されている。もし実用的な量子コンピュータが実現すれば、現在広く使われている公開鍵暗号は、あっという間に解読されてしまう恐れがあるのだ。これは、これまでの安全な通信やデータ保護の仕組みが根底から覆されることを意味する。 そこで登場するのが、「耐量子暗号(Post-Quantum Cryptography: PQC)」である。PQCは、量子コンピュータでも効率的に解読することが困難な数学的な問題に基づいて設計された新しい暗号技術のことだ。量子コンピュータが本格的に実用化される前に、PQCに移行することで、将来にわたるサイバーセキュリティを確保しようという動きが世界中で進められている。 このPQCへの移行は、サイバーセキュリティ分野における最も重要な課題の一つとして、各国の政府機関や研究機関で活発に議論されている。日本でも、総務省が中心となって「サイバーセキュリティタスクフォース」という会議が定期的に開催されており、そこでPQCに関する具体的な検討が進められている。第47回のサイバーセキュリティタスクフォースでは、特にPQCへの移行戦略や現状の課題が深く掘り下げて議論された。 議論の中心となっているのは、アメリカ国立標準技術研究所(NIST)が進めているPQC標準化の動向だ。NISTは、世界中の暗号研究者から提案されたPQCアルゴリズムの中から、安全性や性能、実装のしやすさなどを評価し、新しい標準暗号を選定するプロジェクトを長年にわたって進めている。これまでにいくつかのアルゴリズムが最終候補として選ばれており、今後数年で具体的な標準が決定される見込みだ。日本のサイバーセキュリティタスクフォースでは、NISTのこの動きを注視しつつ、日本がPQCへの移行をどのように進めるべきか、そのロードマップが議論されている。 PQCへの移行には、いくつかの大きな課題がある。一つは「Harvest Now, Decrypt Later (HNDL)」攻撃への対策だ。これは、現在暗号化されて通信されている機密データを、将来量子コンピュータが実用化された後に解読するために、今のうちに収集しておくという攻撃手法である。現在の暗号技術に依存している限り、たとえ今日通信が傍受されたとしても、将来量子コンピュータが完成した際にはそのデータが解読されてしまうリスクがある。この脅威に対抗するためには、量子コンピュータが実用化される前に、PQCへと完全に移行する必要があるのだ。 もう一つの課題は、PQCアルゴリズムの性能と既存システムへの導入の難しさだ。現在のPQC候補アルゴリズムの中には、従来の暗号に比べて鍵のサイズが大きくなったり、計算に時間がかかったりするものもある。これらの新しい暗号を、すでに稼働している膨大な数のシステムや機器に組み込むには、互換性の問題や、大規模なシステム改修が必要になる。また、PQCの研究はまだ進行中であり、NISTによって標準化されるアルゴリズムが、将来にわたって本当に安全であるか、という問いも常に意識しておく必要がある。そのため、PQCへの移行は、単に新しい暗号に置き換えるだけでなく、長期的な視点での計画と、柔軟な対応が求められる。 PQCには様々な種類のアルゴリズムがある。例えば、「格子暗号」は格子と呼ばれる数学的な構造に基づき、非常に効率的で汎用性が高いと期待されている。NISTが最終候補としているアルゴリズムの多くはこの格子暗号をベースとしている。「ハッシュベース暗号」は、ハッシュ関数という、データを圧縮して短い固定長の値を生成する関数を利用したもので、署名生成に特化しているが、署名鍵を使い捨てる必要がある点が特徴だ。「符号ベース暗号」は、誤り訂正符号の理論に基づいている。これらはそれぞれ異なる数学的な難しさを利用しており、それぞれに特徴や適用分野がある。複数のPQCアルゴリズムが標準として選ばれることで、用途に応じて使い分けられるようになるだろう。 サイバーセキュリティタスクフォースでの議論は、これらの課題を踏まえながら、日本がPQCへの移行をどのように進めていくべきか、具体的なロードマップを策定することを目指している。政府機関や重要インフラだけでなく、民間企業においてもPQCの重要性を認識し、早期に移行計画を立てることが強く求められているのだ。システムエンジニアを目指す皆さんにとって、このPQCは、将来のシステム設計や開発において不可欠な知識となるだろう。現在の暗号技術の知識だけでなく、量子コンピュータの登場によって変化するセキュリティの未来を見据え、PQCの動向を常に追いかけることが、これからのキャリアを築く上で非常に重要になる。 将来のサイバー空間の安全を確保するために、PQCへの移行は避けては通れない道だ。この技術への理解を深め、どのようにシステムに組み込んでいくかを考えることは、これからのシステムエンジニアにとって、大きな価値を持つことになるだろう。技術の進化と共にセキュリティの知識も常にアップデートしていく姿勢が求められる。

【ITニュース解説】サイバーセキュリティタスクフォース(第47回)の局所を掘り下げる(PQC編)