【ITニュース解説】JSダイバージェンス(Jensen-Shannon Divergence)とは?

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JSダイバージェンスは、複数のデータ集まり(確率分布)間の「ズレ」や「似ている度合い」を測る指標。KLダイバージェンスを基に対称化され、値が0~1に収まる。自然言語処理や生成モデルの評価、クラスタリングなどで利用される。

ITニュース解説

JSダイバージェンス(Jensen-Shannon Divergence)は、二つ以上の確率分布がどれくらい異なっているか、あるいはどれくらい似ているかを数値で測るための指標である。システムエンジニアとしてデータを扱う際、情報源が異なるデータや、異なるモデルが出力した結果を比較する場面は頻繁に登場する。その際に、単に数値の平均値や合計値を比較するだけでなく、データ全体の「傾向」や「分布の形」がどれくらい違うのかを知ることは、より深い洞察を得る上で非常に重要となる。JSダイバージェンスはまさにそうした目的のために用いられるツールの一つだ。 まず、「確率分布」とは何かを簡単に理解する必要がある。確率分布とは、ある事象がそれぞれどのくらいの確率で起こるかを示したものである。例えば、サイコロを振ったときに「1の目が出る確率は1/6、2の目が出る確率は1/6、…」といったように、各結果の起こりやすさをまとめたものが確率分布である。同様に、ある文章に出現する単語の頻度も確率分布として表現できる。「『猫』という単語は100回に1回出現し、『犬』は50回に1回出現する」といった具合だ。JSダイバージェンスは、このように表現された二つ(あるいはそれ以上)の確率分布を比較し、その「ズレ」を数値化する。ズレが小さければ分布は似ており、ズレが大きければ分布は異なると判断できる。 JSダイバージェンスが持つ大きな特徴の一つは、その「対称性」にある。JSダイバージェンスは、もともと「KLダイバージェンス(Kullback-Leibler Divergence)」という別の指標をベースにしている。KLダイバージェンスも確率分布間のズレを測る指標だが、一つ大きな課題があった。それは非対称性だ。つまり、分布Aから分布Bへのズレを測った値と、分布Bから分布Aへのズレを測った値が、一般には異なるという性質を持つ。これは、私たちが日常的に考える「距離」や「類似度」の概念とは少し異なる。例えば、東京から大阪までの距離と、大阪から東京までの距離は同じであるはずだ。しかし、KLダイバージェンスではそれが異なる場合があるため、二つの分布がどれくらい似ているかという一般的な意味での「類似度」を測るには不便な点があった。 JSダイバージェンスは、このKLダイバージェンスの性質を改良し、「対称化」を実現している。具体的には、比較したい二つの確率分布(PとQとする)の中間にある第三の分布(Mとする)を設定し、PとMのKLダイバージェンス、QとMのKLダイバージェンスをそれぞれ計算し、それらを合計して平均を取るような形で計算される。この工夫により、PからQへのJSダイバージェンスの値と、QからPへのJSダイバージェンスの値が常に同じになる。つまり、どちらの分布を基準にしても同じ「ズレ」の量が得られるため、より直感的で汎用的な「類似度」や「距離」の指標として利用できるのだ。この対称性は、二つのデータセットがどれだけ似ているかを客観的に比較したい場合に非常に重要となる。 もう一つの重要な特徴は、その値の範囲が「0以上1以下に収まる」という点だ。一般的に、距離や類似度を測る指標の中には、その値がどこまでも大きくなる可能性があるものも少なくない。しかし、JSダイバージェンスは計算結果が必ず0から1の間に収まるように設計されている。この性質は、結果の解釈を非常に容易にする。具体的には、JSダイバージェンスの値が0であれば、二つの確率分布は完全に一致していることを意味する。つまり、両者がまったく同じ傾向を持っていると判断できる。逆に、値が1に近づくほど、二つの分布は大きく異なっていることを示す。この一定の範囲に収まるという特性により、異なる状況や異なるデータセットで計算されたJSダイバージェンスの値を直接比較することが可能になる。例えば、複数のAIモデルの出力品質を比較する際、各モデルが生成したデータの分布と実際のデータの分布とのJSダイバージェンスを計算することで、どのモデルがより現実に近いデータを生成しているかを客観的に評価できる。 JSダイバージェンスは、その汎用性と解釈のしやすさから、様々な分野で活用されている。 まず、「自然言語処理」の分野では、文章や単語の類似度を測るために利用される。例えば、二つの文章がどれくらい同じテーマについて書かれているか、あるいは特定の単語の使われ方が異なる文書間でどれくらい差があるかなどを数値で比較できる。これは、情報検索システムにおける文書の関連度評価や、機械翻訳の品質評価、さらには感情分析など、多岐にわたるタスクで応用されている。 次に、「生成モデルの評価」だ。最近注目されているAIによる画像生成や文章生成などの生成モデルは、学習データに基づいて新しいデータを作り出す。このとき、生成されたデータがどれくらい現実のデータ(本物)に近いか、あるいはどれくらい多様性を持っているかを評価することが重要となる。JSダイバージェンスは、生成モデルが作り出したデータの確率分布と、本物のデータの確率分布とのズレを測ることで、そのモデルの性能を客観的に評価する指標として用いられる。値が小さければ、モデルはより現実的で高品質なデータを生成できていると判断できる。 さらに、「クラスタリング」の分野でも利用される。クラスタリングとは、似たデータ同士をグループ分けする技術である。JSダイバージェンスを使うことで、各クラスターがどのような特徴を持つデータを含んでいるか、あるいは異なるクラスター間で特徴がどれくらい異なっているかを定量的に評価できる。また、あるデータがどのクラスターに最も近く属するかを判断する際にも、データの確率分布と各クラスターの代表的な確率分布とのJSダイバージェンスを計算して比較することができる。 このように、JSダイバージェンスは二つの確率分布間のズレを「対称的」かつ「一定の範囲」で測ることができる、非常に強力で実用的な指標である。システムエンジニアとしてデータ分析やAI開発に携わる上で、この指標の概念と応用例を理解しておくことは、より高度なシステム設計や問題解決に役立つだろう。データの傾向や性質の違いを客観的に評価する能力は、システムの品質向上や意思決定の精度を高める上で不可欠なスキルとなる。

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