【ITニュース解説】Weaving the Future: How Long-Read Sequencing Is Rewriting Our Understanding of Genetics…

2025年09月03日に「Medium」が公開したITニュース「Weaving the Future: How Long-Read Sequencing Is Rewriting Our Understanding of Genetics…」について初心者にもわかりやすいように丁寧に解説しています。

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ITニュース概要

DNA配列を一度に長く読み取る「ロングリードシーケンシング」技術が遺伝学研究を変革している。従来は困難だった複雑なゲノムの完全な解読を可能にし、遺伝性疾患の原因解明や個別化医療の発展に大きく貢献。生命科学の理解を新たな段階へと進める技術だ。

ITニュース解説

生命の設計図であるDNAの全遺伝情報をゲノムと呼ぶ。このゲノムを解読する技術、すなわちDNAシーケンシングは、近年の科学技術における最も重要な進歩の一つである。ゲノム情報を正確に読み解くことは、病気の原因解明、新しい治療法の開発、そして生命そのものの仕組みを理解するための根幹をなす。この分野で今、大きな変革をもたらしているのが「ロングリードシーケンシング」という新しい技術である。

これまでゲノム解析の主流だったのは「ショートリードシーケンシング」と呼ばれる手法であった。これは、ゲノムDNAを数百塩基対という非常に短い断片に細かく切り刻み、それらを大量に並行して読み取った後、コンピュータ上でパズルのように元の配列に組み立て直すというアプローチである。この技術は、一度に大量のデータを低コストで生成できるという利点から、ヒトゲノム計画以降の遺伝学研究を飛躍的に加速させた。しかし、この手法には本質的な限界があった。ゲノムの中には、同じ塩基配列が何度も繰り返される「反復配列」と呼ばれる領域が数多く存在する。ショートリード法で得られる断片は非常に短いため、これらの反復配列領域がどこから来た断片なのか、あるいは何回繰り返されているのかを正確に特定することが極めて困難であった。また、DNAの大きな部分が欠失したり、挿入されたり、あるいは別の場所に移動したりする「構造多様体」と呼ばれるゲノムの変化を検出することも難しかった。その結果、従来の技術で作成されたヒトゲノムの参照配列には、解読が不完全な領域が全体の約8%も残されていた。

この課題を克服するために登場したのが、ロングリードシーケンシング技術である。その名の通り、この技術は一度に数万から数百万塩基対という、従来とは比較にならないほど長いDNA断片を読み取ることができる。これは、ゲノムという巨大な本を、単語ごとではなく、段落やページ単位で読むようなものである。長い断片を読み取れることで、これまでショートリードでは分断されてしまっていた反復配列領域も一気に読み通すことが可能になった。これにより、ゲノムの全体像をより正確かつ連続的に再構築できるようになり、これまで見えなかった構造多様体も精密に捉えることができるようになったのである。

このロングリード技術の代表的なプラットフォームには、Pacific Biosciences社のSMRTシーケンシングや、Oxford Nanopore Technologies社のナノポアシーケンシングがある。これらの技術は、DNAポリメラーゼによるDNA合成反応をリアルタイムで観察したり、ナノメートルサイズの微細な穴をDNA分子が通過する際の微弱な電流変化を検出したりすることで、長い配列を途切れることなく読み取る。特にナノポア技術は、装置が小型で持ち運び可能であり、リアルタイムでデータを生成できるという特徴も持ち合わせている。

ロングリードシーケンシングがもたらした最も象徴的な成果は、国際的な研究チームであるTelomere-to-Telomere(T2T)コンソーシアムによるヒトゲノムの完全な解読である。彼らはこの新技術を駆使し、これまで未解明だった約8%の領域をすべて解き明かし、史上初めてギャップのない完全なヒトゲノム配列を完成させた。これにより、染色体の末端部であるテロメアや、細胞分裂に不可欠なセントロメアといった、生命活動の根幹に関わる重要な領域の構造と機能に関する理解が深まることが期待されている。

この技術革新は、基礎研究の枠を超え、医療や農業など幅広い分野に大きな影響を与えている。例えば、がん研究においては、がん細胞に特有の複雑なゲノム構造の変化を正確に捉えることで、発がんのメカニズム解明や新たな診断マーカーの発見につながる。個別化医療では、患者一人ひとりのゲノム情報をより詳細に解析し、遺伝的背景に基づいた最適な治療法の選択や副作用の予測が可能になる。また、作物のゲノムを完全に解読することで、収穫量や病害虫への耐性に関わる遺伝子を特定し、効率的な品種改良を進めることができる。

一方で、ロングリードシーケンシングは新たな技術的課題も提示している。生成されるデータは非常に長大であり、一つの解析でテラバイト級のストレージ容量が必要となる。また、ショートリード技術に比べて個々の塩基を読み取る際のエラー率がやや高い傾向があり、そのエラーを補正し、膨大なデータから意味のある情報を抽出するための高度な計算アルゴリズムと強力な計算機資源が不可欠となる。これらの課題は、まさにシステムエンジニアやデータサイエンティストが専門知識を活かせる領域である。大規模データの効率的な管理、高速な解析パイプラインの構築、そして新たなアルゴリズムの開発は、この分野の進展を支える上で極めて重要な役割を担う。ロングリードシーケンシングは、生命科学と情報技術の融合をさらに加速させ、ゲノム情報に基づいた新たな未来を切り拓く鍵となっている。