【ITニュース解説】第230回 MySQLの遅延レプリケーションについて

2024年10月01日に「Gihyo.jp」が公開したITニュース「第230回 MySQLの遅延レプリケーションについて」について初心者にもわかりやすいように丁寧に解説しています。

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ITニュース概要

MySQLの遅延レプリケーションとは、元のデータベース(ソース)よりも、複製先のデータベース(レプリカ)への変更適用を、意図的に指定した時間だけ遅らせる仕組みだ。MySQLはこの機能をサポートしている。

ITニュース解説

現代のITシステムにおいて、データベースは非常に重要な役割を担っている。ウェブサイトのユーザー情報、オンラインショッピングの注文履歴、企業の業務データなど、あらゆる情報がデータベースに格納され、日々利用されている。このため、データベースに格納されたデータを失わないこと、そして常に利用可能な状態に保つことは、システム運用において最優先事項の一つとなる。

データベースのデータを保護し、システム全体の可用性を高めるための基本的な技術の一つに「レプリケーション」がある。レプリケーションとは、あるデータベース(これを「ソース」または「マスター」と呼ぶ)で行われたデータの変更を、別のデータベース(これを「レプリカ」または「スレーブ」と呼ぶ)に自動的に複製する仕組みのことだ。マスターデータベースにデータが書き込まれたり更新されたりすると、その変更内容は専用のログファイルに記録され、レプリカデータベースはこのログを読み取って、自分自身のデータにも同じ変更を適用する。これにより、マスターとレプリカは常に同じ状態、または非常に近い状態を保つ。レプリケーションの主な目的は、マスターデータベースに障害が発生した場合でも、レプリカデータベースをすぐに利用してシステムを継続させること(災害対策、高可用性)、あるいはマスターデータベースにかかる読み込みの負荷を複数のレプリカに分散させること(負荷分散)などが挙げられる。

今回解説する「遅延レプリケーション」は、このレプリケーションの一種だが、マスターとレプリカの間のデータ同期に、意図的に時間差を設ける点が特徴である。通常のレプリケーションでは、マスターでの変更は可能な限り速やかにレプリカに適用されるが、遅延レプリケーションでは、マスターで変更が発生してから、指定した時間(例えば1時間後や1日後)が経過した後にレプリカに変更が適用されるように設定する。

では、なぜわざわざデータ同期を遅らせる必要があるのだろうか。これにはいくつかの重要なメリットがある。最も大きなメリットは、人為的な誤操作からのデータ復旧だ。システム運用中に、誤ってデータベースの重要なテーブルを削除してしまったり、更新すべきでないデータを更新してしまったりといったヒューマンエラーは残念ながら発生しうる。通常のレプリケーションでは、マスターでの誤操作によるデータの削除や変更も即座にレプリカに伝播してしまうため、レプリカも同じように壊れたデータになってしまう。しかし、遅延レプリケーションを設定していれば、誤操作が発生しても、レプリカにはまだ誤操作が適用される前の「正しい過去のデータ」が残っていることになる。この残されたデータを使って、誤って消してしまったデータを復旧したり、壊してしまったデータをもとに戻したりすることが可能になるのだ。これは、定期的なバックアップとは異なる層でのデータ保護策として機能する。バックアップはデータ復旧の最終手段だが、リストアには時間がかかることが多い。遅延レプリケーションは、より迅速な論理障害からの復旧を可能にする。

また、開発やテストの場面でも遅延レプリケーションは役立つ。新しい機能やアプリケーションのバージョンを開発・テストする際、本番環境と全く同じデータを使って検証したいが、本番環境に直接影響を与えることは避けたいという状況はよくある。遅延レプリカは、本番環境のデータを反映しつつも、指定時間だけ過去の状態を保っているため、この遅延レプリカをテスト環境として利用することで、過去のある時点の正確な本番データを参照しながら、安心してテストを実施できる。もしテスト中に誤ってデータを変更してしまっても、本番環境や他のレプリカには影響を与えないため、非常に安全なテスト環境として機能する。

さらに、システム障害が発生した際のリカバリ戦略においても柔軟性を提供する。例えば、マスターデータベースが単なる物理的な故障ではなく、ソフトウェアのバグや論理的なデータ破損によって機能停止した場合、即座にレプリカに切り替えてしまうと、その問題がレプリカにも引き継がれてしまう可能性がある。遅延レプリケーションであれば、障害発生からしばらくの間、レプリカは健全な過去のデータを保持し続けるため、問題の原因をじっくりと調査し、最も適切な時点まで戻って復旧作業を行う余裕が生まれる。

MySQLにおける遅延レプリケーションの具体的な設定は、レプリカ側で専用のコマンドを実行することで行う。このコマンドで、マスターの変更をどれだけの時間(秒単位)遅らせて適用するかを指定する。レプリケーションの内部では、マスターから送られてくる変更履歴(バイナリログ)をレプリカが受け取り、それを自身のデータベースに適用する処理があるが、遅延レプリケーションでは、この適用処理を指定された時間だけ待機させることで実現する。つまり、レプリカはログ自体はすぐに受け取るものの、それをデータに反映するのを意図的に遅らせるわけだ。

遅延レプリケーションを利用する上での注意点もいくつかある。一つは、設定する遅延時間の長さだ。遅延時間が長すぎると、誤操作からの復旧には役立つが、万が一マスターが完全に破損し、レプリカを新しいマスターに昇格させる必要が生じた場合、レプリカのデータはその遅延時間の分だけ古くなるため、データの鮮度が落ちる可能性がある。逆に遅延時間が短すぎると、誤操作に気づいて対応するまでの時間稼ぎとして機能しない場合がある。システムの特性や運用方針に合わせて、最適な遅延時間を見極める必要がある。また、遅延レプリケーションはバックアップの代わりになるものではなく、あくまでバックアップを補完する機能であるという理解も重要だ。定期的な完全バックアップと組み合わせることで、より強固なデータ保護体制を構築できる。

遅延レプリケーションは、データベースの安全性と運用上の柔軟性を高めるための強力なツールである。システムエンジニアを目指す初心者にとっても、データベースの可用性や災害対策を考える上で、ぜひ理解しておくべき重要な概念の一つと言えるだろう。