【ITニュース解説】Wi-Fi信号のみでウェアラブルデバイスを使わずに心拍数測定が可能な技術「Pulse-Fi」
2025年09月05日に「GIGAZINE」が公開したITニュース「Wi-Fi信号のみでウェアラブルデバイスを使わずに心拍数測定が可能な技術「Pulse-Fi」」について初心者にもわかりやすいように丁寧に解説しています。
ITニュース概要
カリフォルニア大学の研究チームが、Wi-Fi信号の変化からウェアラブル不要で心拍数を測定する技術「Pulse-Fi」を開発した。非接触で人の健康状態を把握可能となり、様々な応用が期待される。
ITニュース解説
近年、私たちの日常生活に欠かせないインフラとなっているWi-Fiが、単なるインターネット接続の手段を超え、さらに高度な情報取得に活用され始めている。その最先端をいく技術の一つとして、カリフォルニア大学サンタクルーズ校の研究チームが開発した「Pulse-Fi」が注目を集めている。これは、特別なウェアラブルデバイスを身につけることなく、部屋に飛び交うWi-Fi信号だけで、そこにいる人の心拍数を正確に測定できるという画期的な技術だ。
この技術の根底にあるのは「CSIセンシング」、あるいは「Wi-Fiセンシング」と呼ばれる考え方である。Wi-Fiは、電波を使ってデータを送受信する。電波は、目には見えないが、光と同じように空間を伝わり、壁や家具、そして人体といった物体に当たると、その一部は反射したり、吸収されたり、あるいは回り込んだり(回折)する性質を持つ。Wi-Fiのアクセスポイントからスマートフォンなどへ電波が届く際、その電波がどのような経路をたどって、どれくらいの強さで、どれくらいの遅延をもって到着したかという情報は、「CSI」(Channel State Information、チャネル状態情報)として取得できる。例えるなら、CSIはWi-Fi信号が通ってきた道のりの「詳細な情報」のようなものだ。
通常、Wi-Fiの電波は同じ場所であれば、常に安定して届くわけではない。部屋の中で人が動けば、その人の体によって電波が遮られたり、反射経路が変わったりする。すると、電波が届く強さや、複数の経路を通って届く電波同士の干渉の仕方といったCSIが微妙に変化する。このごくわずかなCSIの変化を非常に精密に捉え、分析することで、部屋の中にいる人の位置や動き、さらには姿勢まで推定できるのが、これまでのCSIセンシングの技術だ。例えば、部屋にいる人が座っているのか、立っているのか、あるいは歩いているのかといった情報を、カメラを使わずにWi-Fi信号の変化から読み取るといった応用が研究されている。
Pulse-Fiは、このCSIセンシングの技術をさらに一歩進め、人体の「微細な振動」を捉えることで心拍数測定を可能にした。人間の心臓は、血液を全身に送り出すために規則正しく収縮と拡張を繰り返している。この拍動は、胸部にごくわずかな物理的な動きや振動を引き起こす。この動きは非常に小さく、目にはほとんど見えないレベルだが、周囲のWi-Fi信号の伝播経路に対して、さらにごくわずかな影響を与える。
具体的に考えてみよう。Wi-Fiの電波が私たちの体を通り抜けたり、体に反射したりして、受信機に届くとする。もし胸が心臓の拍動によってほんの少しだけ膨らんだりへこんだりすれば、その瞬間の電波の経路がミクロン単位で変化する可能性がある。Pulse-Fiは、この極めて微細な、心拍の振動によって引き起こされるCSIの変化を、特別なアルゴリズムと信号処理技術を用いて検出する。そして、その周期的な変化を分析することで、一分間あたりの心拍数、つまり何回心臓が拍動したかを割り出すのだ。
この技術が画期的なのは、何よりも「ウェアラブルデバイスが不要」という点にある。これまでの心拍数測定には、スマートウォッチや胸バンド型心拍計といったデバイスを身につける必要があった。しかし、Pulse-Fiは部屋に設置された既存のWi-Fiルーターと受信機だけで機能するため、測定のために何かを装着したり、バッテリーの充電を気にしたりする必要がない。これは、日中の活動中はもちろん、睡眠中や入浴中など、これまでデバイスの装着が難しかった状況でも継続的に心拍数をモニタリングできる可能性を秘めている。
ウェアラブルデバイス不要のメリットは多岐にわたる。例えば、高齢者の見守りにおいては、デバイスの装着を嫌がる人や、着け忘れてしまう人に対しても、自然な形で健康状態のモニタリングが可能になる。乳幼児の突然死症候群(SIDS)の予防や、病室での患者のバイタルサイン監視にも応用できるかもしれない。プライバシーの観点からも、カメラを使わずに生体情報を取得できるため、より安心して利用できる環境を提供できる可能性がある。さらに、一台のWi-Fiシステムで部屋の中にいる複数人の心拍数を同時に測定できるような発展も期待される。
もちろん、この新技術には、まだ解決すべき課題も存在するだろう。例えば、測定精度をいかに高めるか、呼吸などの他の身体の動きや、部屋の中のノイズ、複数の人がいる場合の信号分離といった要素が、心拍数測定に与える影響をいかに抑制するかといった点は、今後の研究開発で追求されていくと考えられる。しかし、Wi-Fiというすでに世界中で広く普及しているインフラを活用するという点で、もし実用化されれば、その社会的なインパクトは計り知れない。
システムエンジニアを目指す皆さんにとって、Pulse-Fiのような技術は、ハードウェアとソフトウェア、そして信号処理やデータ解析といった多様な技術領域が組み合わさって生まれるイノベーションの良い例となるだろう。将来的に、このようなWi-Fiセンシング技術を使ったシステムの設計、開発、あるいはそこで得られる膨大なデータの分析と活用といった分野で、皆さんのスキルが求められる機会は増えていくはずだ。Pulse-Fiは、単なる心拍数測定技術に留まらず、私たちの生活空間そのものがスマートなセンサーとなり、より安全で快適な未来を築く可能性を秘めていると言える。