【ITニュース解説】ReturnキーやEnterキーの誕生経緯

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PCで当たり前のEnterキーは、タイプライター登場初期には存在しなかった。このキーは、改行や入力確定など様々な機能を持つに至るまで、長い歴史を持つ。Marcin Wichary氏がその誕生経緯を詳しく解説している。

出典: ReturnキーやEnterキーの誕生経緯 | GIGAZINE公開日:

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現在、私たちが日常的に使うパソコンのキーボードには、必ずと言っていいほど「Enter」キーが搭載されている。特に日本語キーボードでは、その存在感を示すかのように右端に大きく配置されているのが一般的だ。このEnterキーを押すことで、テキスト入力時に改行したり、ウェブサイトのフォームを送信したり、ダイアログボックスの選択を確定させたり、コマンドを実行したりと、様々な操作が行える。しかし、このEnterキーというものが最初から存在していたわけではない。その起源を辿ると、意外な歴史が見えてくる。 Enterキーのルーツは、電気も使わない機械式タイプライターの時代に遡る。タイプライターは、紙に文字を印字するための機械で、キーを押すとそれに対応する活字が動き、インクリボンを介して紙に文字が打たれる仕組みだった。紙は「キャリッジ」と呼ばれる部分にセットされており、文字を一つ打つごとにキャリッジが左に移動する。行の終わりに達すると、新しい行の先頭に印字位置を戻す必要があった。この一連の動作には、主に二つの物理的な操作が求められた。一つは、キャリッジを右端から左端(行頭)に戻す動作で、これを「キャリッジリターン(Carriage Return)」と呼ぶ。もう一つは、紙を一行分上に送る、つまり「改行」する動作で、これは「ラインフィード(Line Feed)」と呼ばれた。初期のタイプライターでは、オペレーターがレバーを手動で操作し、キャリッジリターンとラインフィードを別々に行っていた。つまり、現代のEnterキーが一つで担う「改行して行頭に戻る」という動作は、当時は二つの異なる手動操作の組み合わせだったのだ。 技術の進歩とともに、タイプライターは電動化されていく。電気タイプライターの登場により、これらの手動操作はボタン一つで行えるようになった。電気の力でキャリッジを自動的に戻し、紙を送り出すことが可能になったのだ。このとき、「Return」という名前のキーが生まれ、キャリッジリターンとラインフィードという二つの動作をまとめて実行するようになった。つまり、この「Return」キーこそが、現代のEnterキーの直接的な祖先と言える。一つのキーを押すだけで、文章を次の行の先頭から続けられるようになり、タイピングの効率は飛躍的に向上した。 そして時代は、コンピューターの登場へと移り変わる。コンピューターの初期には、タイプライターの技術がユーザーインターフェースに大きな影響を与えた。コンピューター端末に接続されたキーボードは、タイプライターのキー配列や概念を多く引き継いだ。物理的なキャリッジはもはや存在しないが、「Return」という概念は、文字の入力を確定させる、あるいはコマンドを実行するという役割として引き継がれた。例えば、コマンドプロンプトで命令文を入力し、「Return」キーを押すことで、その命令がコンピューターに実行されるといった具合だ。 この「Return」キーに加えて、もう一つ「Enter」という名前のキーが登場する。特に、IBMが開発したデータ入力用の端末では、「入力する(Enter)」という意味合いで「Enter」キーが採用された。これにより、キーボード上には「Return」と「Enter」という、似たような役割を持つ二つのキーが存在する時期があった。機能的にはどちらも「入力の確定」や「改行」を意味することが多かったが、元々のタイプライターの概念を引き継ぐか、コンピューターの「データ入力」という新しい役割を強調するかで名称が分かれた形だ。しかし、現代のキーボードにおいては、ほとんどの場合「Return」と「Enter」は同じ機能、つまり「入力の確定」や「改行」を果たすキーとして統合され、どちらかの名称で呼ばれている。多くの地域では「Enter」という名称が普及し、特に日本語キーボードではこの「Enter」が標準的な呼び名となった。 現代のEnterキーは、その用途がさらに多様化している。単なるテキストの改行だけでなく、ウェブブラウザでの検索ワードの送信、ソフトウェアのインストール画面での「次へ」ボタンのクリック、ゲーム内での決定操作など、文字通り「何かを確定させる」「次のアクションへ進む」ためのキーとして、システムとユーザーの対話において不可欠な存在となっている。このキー一つを取っても、その背後にはタイプライターからコンピューターへと続く技術と文化の変遷が凝縮されていることがわかるだろう。 私たちが何気なく使っているキーボードのキーにも、このように深い歴史と進化の物語が隠されている。システムエンジニアを目指す上では、目新しい技術だけでなく、こうした基礎的な要素がどのように生まれ、発展してきたかを知ることも重要だ。なぜ今のキーボードがこのような形をしているのか、なぜ特定のキーがその役割を担っているのかを理解することは、より良いシステム設計やトラブルシューティング、さらには新しいインターフェース開発のヒントにも繋がるはずだ。Enterキーの誕生経緯は、単なるキーの歴史ではなく、人間と機械のインタラクションの進化の歴史の一端を示していると言える。

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