【ITニュース解説】How we built an interpreter for Swift
2025年09月05日に「Hacker News」が公開したITニュース「How we built an interpreter for Swift」について初心者にもわかりやすいように丁寧に解説しています。
ITニュース概要
Swift言語のプログラムを直接実行する「インタプリタ」をどのように構築したか、その開発プロセスを詳しく解説。プログラムがコンピュータで動く仕組みや、命令の処理方法を具体的に説明している。
ITニュース解説
Swiftは、私たちが書いたプログラムを高性能に実行するために、通常は機械語というコンピューターが直接理解できる形式に変換してから実行する「コンパイラ型言語」として設計されている。これに対し、「インタプリタ型言語」は、プログラムの命令を一行ずつ読み込み、その場で解釈して実行するという方式をとる。インタプリタは、プログラムの変更をすぐに試せるため、開発のしやすさやデバッグの効率化に役立つが、Swiftのような複雑な言語でインタプリタを構築するのは技術的に非常に難しい挑戦だ。
Swiftがインタプリタ向きではないとされる主な理由は、その内部構造と設計にある。Swiftは、Appleが開発したLLVMという強力なコンパイラ基盤を利用して、高度に最適化された機械語に変換されることを前提としている。また、メモリ管理にはARC(Automatic Reference Counting)という仕組みを採用し、開発者が手動でメモリ解放を行う手間を省きながらも効率的なメモリ運用を可能にしている。さらに、ABI(Application Binary Interface)という、異なるソフトウェア部品が互いにどのように連携するかを定義する複雑な規約も存在する。これら全てをインタプリタ内で正確に再現し、かつC言語で書かれた既存のライブラリとも連携できるようにするのは、非常に高度な技術を要する課題なのだ。
Bitrigというチームは、この困難な課題に挑戦し、Swiftのインタプリタを構築することに成功した。彼らのアプローチは、既存のSwiftコンパイラの資産を最大限に活用するところから始まった。具体的には、Swiftコンパイラの「フロントエンド」と呼ばれる部分を再利用した。このフロントエンドは、私たちが書いたSwiftのソースコードを読み込み、それが文法的に正しいかチェックし、意味を解析して、最終的に「抽象構文木(AST)」というツリー構造のデータに変換する役割を担う。ASTは、プログラムの構造をコンピューターが扱いやすい形に表現したものだ。
次に、BitrigはASTを直接実行するのではなく、独自の「中間表現(IR)」を設計した。IRは、Swiftの複雑な機能、例えば厳密な型システムやARCといったメモリ管理の仕組みを表現できるように、低レベルで詳細な命令群として定義された。この独自のIRに変換することで、特定のCPUアーキテクチャに依存せず、かつSwiftの機能をインタプリタとして効率的に実行できる基盤を作り上げたのである。そして、このIRを実際に読み込んで実行する「仮想マシン(VM)」、つまりインタプリタの実行エンジンを独自に開発した。
インタプリタの構築において、特に重要な課題の一つがSwiftの自動メモリ管理であるARCの再現だった。通常、コンパイラはプログラムをコンパイルする際に、オブジェクトの参照カウントの増減に関する命令を挿入する。Bitrigのインタプリタでは、この参照カウントの増減ロジックを独自のIR内に組み込み、VMがIRを実行する際に参照カウントを正しく更新するように実装した。これにより、インタプリタ内でもSwift本来のメモリ管理が機能し、メモリリークのような問題を防ぐことが可能になった。
さらに、Swiftには「リフレクション」という強力な機能がある。これは、プログラムが自身の型情報や構造を、実行中に動的に調べたり操作したりできる能力のことだ。通常、コンパイル時に型情報が最適化されて失われる可能性があるため、インタプリタでリフレクションを完全にサポートするのは困難とされる。しかし、Bitrigは独自のIRに型情報を保持する仕組みを組み込み、VMが実行時にこの情報を利用できるようにすることで、リフレクション機能もインタプリタ内で実現した。これにより、動的なプログラミングや、Swift Playgroundのような対話型開発環境の実現に大きく貢献する。
また、SwiftはC言語との高い相互運用性を持つ。既存の多くのライブラリはC言語で書かれており、Swiftからこれらを呼び出すことは非常に重要だ。インタプリタからC言語の関数を呼び出すためには、「Foreign Function Interface(FFI)」という仕組みが必要になる。Bitrigは、FFIライブラリを活用することで、インタプリタがC言語で書かれたライブラリの関数を、まるでSwiftの関数であるかのように呼び出し、その結果を受け取れるようにした。これにより、Swiftインタプリタの適用範囲が格段に広がる。
このSwiftインタプリタが完成したことで、多くの可能性が拓ける。例えば、Swift Playgroundのように、コードを記述してすぐに結果を確認できる対話型環境の実現や、コマンドラインからSwiftスクリプトを直接実行するような用途が考えられる。また、開発ツール(IDE)内でコードの変更をリアルタイムにフィードバックしたり、テストやデバッグのプロセスを効率化したりすることも可能になるだろう。これは、Swift開発のワークフローをより柔軟で生産性の高いものに変える可能性を秘めている。
Bitrigが構築したSwiftインタプリタは、Swift言語の持つ複雑さと高度な設計を、コンパイルというステップを経ずに直接実行できるという点で画期的な成果だ。これは、既存のコンパイラ技術を巧妙に再利用しつつ、独自の実行環境をゼロから設計するという、コンピューターサイエンスの深い知識と実践的なスキルが結集して初めて成し遂げられるプロジェクトである。システムエンジニアを目指す初心者にとっても、言語処理系がどのように動作し、いかにして高度な機能が実装されているかを理解する上で、非常に示唆に富む事例となるだろう。