【ITニュース解説】第877回 リアルタイム文字起こしをローカルマシンで実現できるWhisperLiveKitを使ってみよう
2025年09月04日に「Gihyo.jp」が公開したITニュース「第877回 リアルタイム文字起こしをローカルマシンで実現できるWhisperLiveKitを使ってみよう」について初心者にもわかりやすいように丁寧に解説しています。
ITニュース概要
高性能な音声認識AI「Whisper」を使い、自分のPC上でリアルタイム文字起こしができるツール「WhisperLiveKit」が登場。インターネットに接続せずローカル環境で動作するため、機密情報を含む音声も安全に扱えるのが特徴である。
ITニュース解説
近年、AIによる音声認識、つまりコンピューターが人間の話し声を認識して文字に変換する技術は目覚ましく進歩した。その中でも、OpenAIが開発した「Whisper」というAIモデルは、非常に高い精度で文字起こしができるため、世界中の開発者から注目を集めている。これまでWhisperは、録音済みの音声ファイル全体を一度に処理し、テキスト化するという使い方が一般的だった。しかし、会議の内容をその場で記録したり、インタビューをしながらリアルタイムで文字起こしをしたりといった、今まさに話されている言葉を即座にテキストにしたいという需要が高まっていた。この需要に応えるために登場したのが「WhisperLiveKit」というツールである。WhisperLiveKitの最大の特徴は、特別なサーバーやクラウドサービスを契約することなく、自分自身のコンピューター、いわゆるローカルマシン上でリアルタイムの文字起こしを実現できる点にある。通常、高精度な音声認識サービスを利用する場合、マイクで拾った音声をインターネット経由でGoogleやAmazonなどが提供するサーバーに送信し、そこで処理された結果を受け取るという仕組みが多い。この方法には、外部に音声データを送ることによるセキュリティやプライバシー上の懸念や、サービス利用料が発生するといった側面があった。WhisperLiveKitは、すべての処理を自分のPC内で完結させるため、機密情報を含む会議の音声などが外部に漏れる心配がなく、安全に利用できる。また、インターネット接続が不安定な場所やオフラインの環境でも動作し、追加のコストもかからないという大きな利点を持つ。
では、なぜリアルタイムの文字起こしは技術的に難しいのだろうか。それは、音声が途切れなく続く連続的なデータだからである。録音済みのファイルであれば「ここからここまで」と全体を一度にAIに渡せるが、リアルタイムの音声では、どこで言葉が区切れるのか、いつAIに処理を依頼すれば良いのかを判断するのが難しい。この課題を解決するために、WhisperLiveKitは「VAD(Voice Activity Detection)」日本語では「音声区間検出」と呼ばれる技術を利用している。VADとは、マイクが拾っている音の中から、人が話している部分と、話していない無音の部分を自動的に識別する技術である。WhisperLiveKitは、このVADを用いて「人が話し始めた」ことを検知すると音声の記録を開始し、「話し終えた」と判断したタイミングで、その音声データをひとつの塊としてWhisperモデルに渡す。これにより、無駄な無音区間を処理することなく、意味のある発話単位で効率的に文字起こしを進めることができる。さらに、リアルタイム性を確保するためには、AIによる処理速度も重要になる。AIが音声データから文字を予測・生成する処理は「推論」と呼ばれるが、Whisperのような高性能なモデルは、この推論に多くの計算を必要とし、時間がかかることがある。処理に時間がかかりすぎると、話した言葉が文字として表示されるまでに大きな遅延が発生してしまう。そこでWhisperLiveKitは、「faster-whisper」という、Whisperの推論処理を高速化するために最適化されたライブラリを内部で利用している。これにより、計算にかかる時間と、PCのメモリ使用量を削減し、よりスムーズなリアルタイム文字起こしを可能にしている。
WhisperLiveKitを実際に利用するには、Pythonというプログラミング言語の実行環境が必要となるが、導入手順は比較的シンプルである。コマンドをいくつか実行するだけで、必要なソフトウェアをまとめてインストールできる。実行する際には、文字起こしの精度と処理速度のバランスを考慮して、Whisperの「モデルサイズ」を選択する必要がある。モデルには「tiny」や「small」といった軽量なものから、「medium」や「large」といった大規模で高性能なものまで複数の種類がある。小さなモデルは処理が速く、性能がそれほど高くないPCでも軽快に動作するが、文字起こしの精度は少し劣る。逆に大きなモデルは非常に高い精度を誇るが、その分多くの計算能力を要求するため、高性能なコンピューター、特にNVIDIA製のGPU(画像処理装置)が必要になることが多い。GPUを搭載したPCであれば、CUDAという並列計算技術を利用して推論処理を劇的に高速化できる。このように、自分のPCのスペックに合わせて最適なモデルを選ぶことが、快適な利用の鍵となる。システムエンジニアを目指す者にとって、WhisperLiveKitのようなツールを自分の手で動かしてみることは、非常に価値のある経験となる。Pythonの環境構築、ライブラリのインストールと依存関係の管理、コマンドラインでの操作といった、ソフトウェア開発の基礎的なスキルを実践を通じて学ぶことができるからだ。また、AIモデルを動かす上でCPUやGPU、メモリといったハードウェアの性能が処理速度にどう影響するのかを直接体感できる。音声認識という身近な応用例を通して、最先端のAI技術がどのような仕組みで成り立っているのかを理解する絶好の機会であり、今後の学習への大きな動機付けとなるだろう。