エキスパートシステム(エキスパートシステム)とは | 意味や読み方など丁寧でわかりやすい用語解説
エキスパートシステム(エキスパートシステム)の意味や読み方など、初心者にもわかりやすいように丁寧に解説しています。
読み方
日本語表記
エキスパートシステム (エキスパートシステム)
英語表記
Expert System (エキスパートシステム)
用語解説
エキスパートシステムとは、人間の専門家が持つ知識や経験、判断能力をコンピュータシステム上に再現し、特定の専門領域における問題を解決したり、意思決定を支援したりする人工知能の一分野である。これは、特定の分野に特化した高度な専門知識を活用することで、まるで人間が判断するようにコンピュータが推論を行い、結論を導き出すことを目指す。例えば、医療現場での診断支援、金融分野での投資アドバイス、地質学における鉱物探査、製造業での故障診断など、幅広い分野で応用されてきた。システムエンジニアを目指す上では、現代のAI技術の基礎を理解する上で重要な概念となる。
エキスパートシステムは、主に以下のいくつかの構成要素から成り立つ。第一に「知識ベース」がある。これは、専門家が持つ知識をコンピュータが理解できる形式で格納したものである。多くの場合、IF-THEN形式の「ルール」(もし条件Aが真ならば、結論Bである、といった形式)として表現される。例えば、「もし患者が発熱しており、かつ喉の痛みを訴えているならば、風邪の可能性がある」といった具体的な判断基準が知識として蓄積される。知識ベースには、これらのルールだけでなく、その分野の基本的な事実や概念も含まれる。第二に「推論エンジン」があり、これは知識ベースに格納されたルールと、現在与えられている情報(問題の状況)を組み合わせて、論理的な推論を行い、結論を導き出す役割を担う。推論の方法には、既知の事実から推論を開始し、可能な結論を導き出す「前方推論」と、ある仮説(目標)を立て、それを証明するために必要な事実やルールを遡って探す「後方推論」がある。第三に「作業メモリ(ワーキングメモリ)」があり、これは推論の過程で得られた中間的な結果や、現在処理している問題を保持する一時的な記憶領域である。第四に「ユーザーインターフェース」があり、これは利用者とシステムが情報をやり取りするための部分で、利用者が問題の状況を入力したり、システムから得られた結論や質問を受け取ったりする。
さらに、エキスパートシステムには「知識獲得サブシステム」と「説明機能」も重要な要素として含まれる。知識獲得サブシステムは、専門家から知識を引き出し、それを知識ベースに登録・更新するためのツールやプロセスを指す。専門家の知識をコンピュータが扱える形に変換する作業は非常に困難であり、「知識獲得のボトルネック」と呼ばれる課題であった。この作業は「知識エンジニア」と呼ばれる専門家によって行われることが多かった。一方、説明機能は、システムがなぜその結論に至ったのか、どのような推論過程を経たのかを、利用者に分かりやすく説明する機能である。例えば、「この病気の可能性が高いと判断したのは、患者が発熱と喉の痛みを訴えており、さらに検査結果Aが陽性だったためです」といった形で、推論に用いられたルールや事実を示すことで、利用者の信頼を得るとともに、システムの判断の妥当性を検証することを可能にする。これは、システムが単に答えを出すだけでなく、その理由も提示することで、人間がより効果的にシステムを活用できるようにするための重要な機能であった。
エキスパートシステムの大きなメリットは、専門家が持つ貴重な知識を形式化し、共有可能にすることで、専門家が不在でもその知識を活用できる点にある。これにより、専門家の判断を必要とする場面で、時間や場所の制約を受けずに一貫した判断を提供できるようになった。また、推論過程が明確であるため、その判断の根拠を後から検証したり、学習したりすることが容易になる。しかし、その一方で、知識獲得の困難さ、知識ベースの保守・更新の負担、常識的な知識の欠如による柔軟性のなさ、曖昧な情報への対応の難しさといった課題も抱えていた。
現代の人工知能研究は、機械学習、特にディープラーニングといった統計的なアプローチが主流となっているが、エキスパートシステムが培ってきた「知識の表現」や「推論のメカニズム」といった概念は、現代のAIシステムにも脈々と受け継がれている。例えば、特定の分野における規則性や業務ロジックをシステムに組み込む際には、エキスパートシステムの考え方が応用されることがある。また、現代の機械学習モデルが「なぜそのような判断をしたのか」を説明することが難しい「ブラックボックス」問題に対し、エキスパートシステムの説明機能は、その解決に向けた初期のアプローチとして再評価されることもある。エキスパートシステムは、特定の専門領域で明確なルールが存在する問題に対しては、今でも有効な解決策を提供する。システムエンジニアを目指す上で、AI技術の多様なアプローチの一つとして、その原理と限界を理解しておくことは、より複雑なシステム開発に携わる上で役立つ基礎知識となるだろう。