【ITニュース解説】Reverse engineering Solos smart glasses
2025年09月01日に「Hacker News」が公開したITニュース「Reverse engineering Solos smart glasses」について初心者にもわかりやすいように丁寧に解説しています。
ITニュース概要
リバースエンジニアリングとは、製品を分解・分析して仕組みを解明する技術。この記事ではSolosスマートグラスを対象に、そのハードウェア構成やソフトウェアの動作を解析し、非公開の仕様を突き止める過程を解説する。
ITニュース解説
市販されているIT製品が、どのようにして動作しているのか、その内部の仕組みを解明する技術的な挑戦について解説する。ここで取り上げるのは「Solosスマートグラス」という製品だ。このスマートグラスは、主にサイクリストやランナー向けに開発され、速度や心拍数といった情報を目の前のディスプレイに表示する機能を持つ。通常、この種のデバイスは専用のスマートフォンアプリと連携して動作するが、今回の試みは、その公式アプリを介さずに、独自のプログラムでスマートグラスを直接制御することを目的としている。このプロセスは「リバースエンジニアリング」と呼ばれる。リバースエンジニアリングとは、完成した製品を分析し、その構造や仕様、動作原理などを明らかにすることである。ソフトウェアの世界では、プログラムの動作や通信の内容を観察し、非公開の仕様を推測していく作業を指す。
この挑戦の最初のステップは、スマートグラスとスマートフォンアプリがどのように通信しているかを調査することだった。Solosスマートグラスは、Bluetooth Low Energy(BLE)という省電力の近距離無線通信技術を利用してスマートフォンと接続する。そこで、このBLE通信の内容を傍受し、分析することから始められた。具体的な手法として、まずAndroidスマートフォンの開発者向けオプションにある「Bluetooth HCIスヌープログ」という機能を有効にした。この機能を使うと、スマートフォンが行う全てのBluetooth通信の生データがファイルとして記録される。これにより、アプリがグラスにどのような命令を送り、グラスがどのように応答しているのか、その詳細なやり取りを捉えることが可能になる。
次に、記録した通信ログを解析するために「Wireshark」という専門的なツールが用いられた。Wiresharkはネットワーク通信を解析するための標準的なソフトウェアであり、記録された生のデータパケットを人間が理解しやすい形式で表示してくれる。このツールを使ってログを分析した結果、通信はGATT(Generic Attribute Profile)というBLEの標準的なプロトコルに則って行われていることが判明した。GATTは、デバイスが持つ機能を「サービス」として分類し、各サービスが具体的なデータや操作を「キャラクタリスティック」という単位で管理する仕組みである。例えるなら、サービスが機能のカテゴリ、キャラクタリスティックがその機能の具体的な読み書きを行う窓口のようなものだ。分析の結果、特定のキャラクタリスティックにデータを書き込むことで、グラスのディスプレイ表示を制御できることが突き止められた。
しかし、単にデータを書き込めば良いわけではない。どのような形式のデータを送れば、意図した通りに表示されるのか、その「ルール」、すなわち通信プロトコルを解明する必要があった。アプリがグラスに送っているデータは、一見すると意味不明な数値の羅列(バイト列)にしか見えない。そこで、アプリの操作と、その際に送信されるバイト列を根気よく比較照合する作業が行われた。例えば、アプリで表示を更新する操作をしたときにどのようなデータが送られるか、表示をクリアしたときには何が送られるかを何度も観察し、そのパターンを分析した。その結果、送信されるデータは、命令の種類を示すコマンドバイト、表示したい内容そのものであるペイロード、そしてデータが正しく送られたかを確認するためのチェックサムといった複数の部分から構成されていることが明らかになった。特にチェックサムは、送信するデータの全バイトを特定の方法で計算して得られる値であり、この計算方法を解明しない限り、グラスは命令を正しく受け付けてくれない。この計算方法も、様々なパターンを試すことで特定された。
通信プロトコルの詳細が解明された後、最終段階として、独自のプログラムを作成してスマートグラスを制御する試みが行われた。プログラミング言語にはPythonが使用され、BLE通信を簡単に行うための「bleak」というライブラリが活用された。このライブラリを使うことで、パソコンから近くのBLEデバイスを探索し、接続し、特定のキャラクタリスティックに対してデータの読み書きを行うプログラムを比較的容易に記述できる。解析によって明らかになったプロトコルに基づき、表示したいテキストを適切なバイト列に変換し、チェックサムを付加してグラスに送信するスクリプトが作成された。このプログラムを実行した結果、公式アプリを一切使うことなく、パソコンから直接Solosスマートグラスに任意のテキストやデータを表示させることに成功した。
この一連の作業は、システムエンジニアを目指す者にとって非常に示唆に富む事例である。これは、単に製品をハックするというだけでなく、ドキュメントが公開されていないブラックボックスなシステムを相手に、地道な観察と分析を通じて仕様を解明していく、という問題解決能力の実践そのものだ。ネットワークプロトコルの解析、低レベルなデータ構造の理解、そして得られた知見を基に実際に動作するプログラムを構築するスキルは、IoTデバイスの開発や既存システムとの連携など、現代のシステム開発において極めて重要な能力と言える。この事例は、普段何気なく使っているデバイスの裏側で、いかに緻密なデータのやり取りが行われているかを具体的に示しており、技術への深い理解を促す格好の教材となるだろう。