多重波伝播 (タジュウハデンパ) とは | 意味や読み方など丁寧でわかりやすい用語解説

作成日: 更新日:

多重波伝播 (タジュウハデンパ) の読み方

日本語表記

マルチパス伝播 (マルチパスデンパ)

英語表記

Multipath Propagation (マルチパス プロパゲーション)

多重波伝播 (タジュウハデンパ) の意味や用語解説

多重波伝播は、無線通信において電波が送信機から受信機へ到達する際に、直接的な経路だけでなく、周囲の建物、地形、人などの障害物に反射、散乱、回折しながら複数の異なる経路を通って伝わる現象を指す。この現象はマルチパス伝播とも呼ばれ、無線通信の品質に大きな影響を与えるため、その理解はシステムエンジニアにとって不可欠である。 無線信号は光と同じ電磁波の一種であり、伝播する際には様々な物理現象の影響を受ける。見通しの良い環境であれば、電波は送信機から受信機までほぼ一直線に進む直接波が主な信号となる。しかし、実際の都市部や屋内環境では、電波が壁や床、天井、窓ガラスなどの物体に当たって反射したり、街路樹や複雑な構造物によって散乱したり、あるいは障害物のエッジを回り込んで進む回折といった現象が頻繁に発生する。これらの反射波、散乱波、回折波が、直接波と同時に、あるいは異なるわずかな時間差を持って受信機に到達することで多重波伝播が生じる。 複数の経路を通ってきた信号は、それぞれ異なる距離を進むため、受信機に到達するまでの時間にわずかな差が生じる。この時間差は「遅延スプレッド」と呼ばれ、信号の品質を低下させる主な原因の一つとなる。異なる経路から到達する信号は、その進んできた距離に応じて位相が変化している。これらの信号が受信機で合成される際、位相が揃っていれば信号は強め合うが、位相がずれていると信号は弱め合ったり、打ち消し合ったりする。この現象は「フェージング」と呼ばれ、受信信号強度が時間的、空間的に変動することを意味する。深いフェージングが発生すると、一時的に通信が途切れたり、データ転送速度が著しく低下したりする可能性がある。 さらに深刻な問題として、「シンボル間干渉(ISI)」が挙げられる。デジタル無線通信では、情報をシンボルという単位で送信する。多重波伝播により、あるシンボルが送信された後、その信号の遅延した残像が、次に送信されるシンボルに重なって受信されることがある。これにより、受信機はどのシンボルが正しく、どの部分が遅延した信号の影響なのかを識別しにくくなり、データの誤り率が増加する。特に、高速でデータを送信する場合や、シンボル長が短い場合にISIの影響は顕著になりやすい。 これらの悪影響を軽減し、安定した無線通信を実現するためには、多重波伝播を考慮した技術が不可欠である。その一つが「等化器(Equalizer)」である。これは、受信した信号から多重波伝播による遅延や歪みを補償し、元の信号波形を復元しようとする回路やアルゴリズムである。これにより、ISIの影響を低減し、データ誤り率を改善することが可能となる。 また、「OFDM(直交周波数分割多重)」は、多重波伝播の影響を効果的に抑制する変調方式として広く採用されている。OFDMでは、高速なデータストリームを複数の低速なサブキャリアに分割し、それぞれを異なる周波数で同時に送信する。これにより、各サブキャリアのシンボル長が相対的に長くなるため、遅延スプレッドがシンボル長に与える影響が小さくなり、ISIの発生を大幅に抑えることができる。Wi-Fi(無線LAN)や4G/5Gといった移動体通信システムでOFDMが標準的に利用されているのは、この多重波伝播に対する耐性の高さが大きな理由である。 さらに、「MIMO(Multiple-Input Multiple-Output)」技術も多重波伝播を活用する代表的な例である。MIMOは、送信側と受信側の両方で複数のアンテナを使用し、複数の信号パスを同時に利用することで、通信容量を飛躍的に増加させたり、通信の信頼性を向上させたりする技術である。多重波伝播によって生じる複数の異なる経路は、MIMOにおいては個別の通信チャネルとして利用できるため、多重波伝播はMIMOの性能を向上させる要素となり得る。これにより、同じ周波数帯域でもより多くのデータを送受信できるようになり、無線通信システムの効率を高めることが可能になる。 その他にも、「RAKE受信機」は、CDMA(符号分割多重接続)システムなどで用いられ、異なる経路から到達した遅延信号をそれぞれ個別に検出・分離し、それらを適切に結合することで、信号電力を強化し、フェージングの影響を軽減する。また、「ダイバーシティ」技術は、複数のアンテナを離して配置したり、異なる周波数を利用したりすることで、常に最も良い状態の信号を選択したり、複数の信号を合成したりして、信号品質の変動を抑える手法である。 このように、多重波伝播は無線通信における避けられない現象であり、その特性は通信品質を低下させる要因となる一方で、OFDMやMIMOのような先進的な技術によって、その負の側面を克服し、あるいは逆に通信性能を向上させるための有効な要素として活用されている。システムエンジニアを目指す者にとって、この現象を深く理解し、それに対応する技術を学ぶことは、安定した高性能な無線システムを設計・構築するために非常に重要である。

多重波伝播 (タジュウハデンパ) とは | 意味や読み方など丁寧でわかりやすい用語解説