【ITニュース解説】Apple Watch Series 11は「高血圧アラート」に対応 仕組みは? 日本で使える?
2025年09月10日に「CNET Japan」が公開したITニュース「Apple Watch Series 11は「高血圧アラート」に対応 仕組みは? 日本で使える?」について初心者にもわかりやすいように丁寧に解説しています。
ITニュース概要
Appleの新型スマートウォッチ「Apple Watch Series 11」は、高血圧の可能性を検知してユーザーに通知する新機能を搭載する。これは直接血圧を測定するのではなく、センサーデータから血圧が高い傾向が続いた場合にアラートを出す仕組みである。
ITニュース解説
Apple社のスマートウォッチであるApple Watchの次期モデルには、高血圧の可能性をユーザーに通知する新機能が搭載される見込みだ。これは、ウェアラブルデバイスによる健康モニタリング技術の新たな進展を示すものであり、その背後にあるシステムの仕組みを理解することは、これからのエンジニアにとって重要である。この機能は、従来の腕帯(カフ)を巻き付けて測定する血圧計のように、収縮期血圧(最高血圧)と拡張期血圧(最低血圧)の具体的な数値を表示するものではない。代わりに、ユーザーの血圧が上昇傾向にあり、高血圧と判断される範囲に入った可能性を検知した際に、アラートを発する仕組みとなっている。このアプローチには、技術的な側面と医療規制の側面から、明確な理由が存在する。
まず、技術的な仕組みについて解説する。Apple Watchが血圧の変動を非侵襲的に、つまり体を傷つけることなく検知するために、中心的な役割を果たすのは、デバイスの背面に搭載されている光学式心拍センサーである。このセンサーは、緑色のLED光を手首の皮膚に照射し、血液中のヘモグロビンに吸収されずに反射・散乱した光の量をフォトダイオードで検出する。この技術はPPG(光電式容積脈波記録法)と呼ばれ、心臓の拍動によって手首の血管を流れる血液量が増減することによる光の反射量の変化を捉え、心拍数を計測している。高血圧アラート機能は、このPPGセンサーから得られる脈波のデータをさらに高度に解析することで実現される。血圧を推定する有力な手法の一つに、脈波伝播時間(PTT: Pulse Transit Time)を利用するものがある。これは、心臓が収縮して血液を送り出したタイミングと、その圧力の波(脈波)が手首などの末梢血管に到達するまでの時間差を計測する技術である。一般に、血圧が高い状態では血管壁が硬くなり、脈波が伝わる速度は速くなる。つまり、PTTは短くなる傾向がある。Apple Watchは心電図(ECG)測定機能も搭載しており、心臓の電気的活動を捉えることができる。心臓の収縮タイミング(ECGのR波)と、脈波が手首に到達したタイミング(PPGセンサーの脈波の立ち上がり)の差を計測することで、PTTを算出できる可能性がある。
しかし、センサーから得られる生データだけで正確な血圧を推定することは極めて困難である。なぜなら、脈波の形状や伝播速度は、個人の血管の弾力性、体格、姿勢、精神的なストレスなど、非常に多くの要因に影響されるからだ。そこで重要になるのが、機械学習アルゴリズムの活用である。Appleは、収集した膨大な量のPPGデータやその他のセンサーデータ(加速度センサーによる活動量など)と、同時に測定された正確な血圧計のデータセットを使い、機械学習モデルをトレーニングしていると考えられる。このモデルは、個々のユーザーの脈波パターンと血圧変動の相関関係を学習し、その人固有の血圧上昇の兆候を検知する。つまり、デバイスは単一の物理法則に基づいて計算しているのではなく、データ駆動型のアプローチによって「血圧が上昇している可能性が高い」という確率的な判断を下しているのだ。これが、具体的な数値を提示する「測定」ではなく、傾向を知らせる「検知」や「アラート」という形式をとる大きな理由の一つである。
次に、なぜ「測定」ではなく「アラート」なのかという点を、医療規制の観点から考える。血圧の具体的な数値を表示し、診断の補助に用いることができるデバイスは、多くの国で「医療機器」として分類される。医療機器として製品を販売するには、その精度や安全性、有効性を証明し、各国の規制当局(日本では厚生労働省および医薬品医療機器総合機構PMDA)から承認を得る必要がある。この承認プロセスは非常に厳格で、臨床試験の実施など多大な時間とコストを要する。一方で、「高血圧の可能性がある」という気づきを与え、医療機関の受診を促すようなウェルネス目的の機能であれば、医療機器としての承認が不要、あるいはより簡易的な手続きで済む場合がある。Appleは、心電図アプリのように時間をかけて医療機器承認を取得する戦略もとるが、まずはより多くのユーザーに健康意識向上のためのツールを迅速に提供するため、医療機器の定義に抵触しない範囲で機能を実装するという判断をしたと考えられる。システム開発において、技術的な実現可能性だけでなく、こうした法規制という外部要件をいかにクリアするかは、製品化の可否を左右する重要な要素となる。
最後に、この機能が日本で利用できるかという点についてである。前述の通り、健康に関する機能は各国の医療制度や法規制に大きく依存する。Apple Watchの心電図アプリや不規則な心拍の通知機能も、米国での提供開始から遅れて、日本の規制当局の承認を得た後に利用可能となった経緯がある。今回発表される高血圧アラート機能も、その機能が診断や治療を目的としていないウェルネス機能と見なされるか、あるいは医療機器プログラム(SaMD: Software as a Medical Device)として承認が必要な機能と判断されるかによって、日本での提供開始時期は大きく変わってくる。もし承認が必要となれば、米国での提供開始と同時に日本で利用できる可能性は低く、数ヶ月から数年の期間を要することも考えられる。これは、ソフトウェアが物理的な製品と同様に、社会的なインフラや制度と密接に関わっていることを示す事例である。この新しい機能は、センサー技術、データサイエンス、そして法規制という複数の領域が交差する点で、システムエンジニアを目指す者にとって、技術が社会に実装されるプロセスを学ぶ上で非常に興味深い事例と言えるだろう。