【ITニュース解説】Untangling the myths and mysteries of Dvorak and QWERTY (2023)

私たちが日常的に使用しているパソコンのキーボード配列は、左上が「Q」「W」「E」「R」「T」「Y」と並んでいることから「QWERTY（クワーティ）配列」と呼ばれている。この配列は世界中で広く使われているが、その起源と効率性については、長年にわたり様々な議論が存在する。特に、より効率的とされる「Dvorak（ドヴォラック）配列」との比較において、多くの神話や誤解が語られてきた。ここでは、これらの配列をめぐる歴史的な背景と、科学的な検証の結果を解説する。

QWERTY配列が非効率であるという主張の根拠として、最も有名な説は「タイプライターの活字アームの絡まりを防ぐために、意図的に打鍵速度が遅くなるように設計された」というものである。初期の機械式タイプライターでは、隣接するキーを素早く打つと、活字を取り付けるアーム同士が物理的に衝突し、絡まってしまう問題があった。そのため、よく使われる文字の組み合わせを意図的に離れた位置に配置し、タイピング速度を抑制した、というのがこの説の骨子である。しかし、この広く信じられている話は、歴史的な事実を単純化しすぎているか、あるいは不正確である可能性が指摘されている。

より詳細な歴史研究によれば、QWERTY配列の設計は、タイプライターの発明者であるクリストファー・レイサム・ショールズらが、初期のユーザー、特に電信技師からのフィードバックを反映させた結果であるとされている。当時の電信では、モールス信号を文章に書き起こす作業が主な用途であった。電信技師は特定の文字の組み合わせを誤読しやすかったため、例えば「Z」と「SE」の信号が似ていて混同しやすかったことから、これらのキーを離れた位置に配置するなどの調整が行われた。つまり、QWERTY配列はタイピング速度を「遅くする」ためではなく、特定の業務における「打ち間違いを減らす」という目的のために最適化された側面があったのだ。そして、この配列を採用したレミントン社のタイプライターが商業的に成功し、市場で最初に広く普及したことが、QWERTYが事実上の標準、すなわちデファクトスタンダードとなる決定的な要因となった。一度普及してしまうと、ユーザーは慣れた配列を使い続け、メーカーもその配列の製品を作り続けるという「ネットワーク効果」が働き、他の配列が入り込む余地はほとんどなくなったのである。

1930年代、教育心理学者のオーガスト・ドヴォラックは、QWERTY配列の非効率性を指摘し、人間工学に基づいてより合理的なキー配列を考案した。これがDvorak配列である。この配列は、英語で最も頻繁に使用される母音と子音を、指が最も自然に置かれるホームポジションに集中させている。これにより、指の移動距離が大幅に短縮され、タイピング速度の向上と疲労の軽減が実現できるとされた。ドヴォラック自身が行った研究では、Dvorak配列を学習したタイピストは、QWERTY配列のタイピストに比べて生産性が劇的に向上したと報告された。この研究結果が、Dvorak配列の優位性を裏付ける強力な根拠として長年引用されてきた。

しかし、ドヴォラックの研究には、その方法論にバイアスがかかっていた可能性が指摘されている。例えば、比較実験において、Dvorak配列を学ぶグループには熱心な指導者がつき、被験者のモチベーションが高い状態で訓練が行われたのに対し、QWERTY配列のグループは対照群として扱われ、同等の配慮がなされていなかった可能性がある。考案者自身による研究であるため、その結果が肯定的なものになりやすいという点は否定できない。その後、ドヴォラックの研究とは独立した第三者機関による比較検証がいくつか行われた。特に有名なのが、1940年代にアメリカ海軍が実施した研究である。この研究では、Dvorak配列に切り替えることによる生産性の向上は、再訓練にかかるコストを正当化するほど大きなものではないと結論付けられた。また、1950年代にアメリカ合衆国共通役務庁（GSA）が行ったより大規模な研究でも、Dvorak配列がQWERTY配列に対して明確な優位性を持つという証拠は見出されず、熟練したタイピストの速度は配列の種類よりも個人の技量に大きく依存することが示唆された。

これらの歴史的経緯と科学的検証を踏まえると、「QWERTYは意図的に非効率化された最悪の配列である」という神話と、「Dvorakは誰もが乗り換えるべき圧倒的に優れた配列である」という神話は、どちらも極端な見方であると言える。QWERTY配列は特定の歴史的文脈の中で合理的な理由をもって形成され、市場での先行者利益によって標準となった。一方、Dvorak配列は理論上の効率性を追求して設計されたものの、その実用的な優位性は、主張されていたほど劇的なものではないことが後の研究で示されている。現代において、タイピングの効率を決定づける最も重要な要素は、キーボード配列そのものではなく、個人の練習量と習熟度である。システムエンジニアを目指す者にとって、特定の配列の優劣にこだわるよりも、まずは現在広く使われているQWERTY配列に習熟し、正確かつ迅速なタイピングスキルを身につけることが、実務における生産性を高める上で最も現実的かつ効果的なアプローチであると言えるだろう。