クロスコンパイル (クロスコンパイル) とは | 意味や読み方など丁寧でわかりやすい用語解説
クロスコンパイル (クロスコンパイル) の読み方
日本語表記
クロスコンパイル (クロスコンパイル)
英語表記
cross-compilation (クロスコンパイル)
クロスコンパイル (クロスコンパイル) の意味や用語解説
クロスコンパイルとは、プログラムを開発しているコンピュータとは異なる種類のCPUアーキテクチャやオペレーティングシステム(OS)で動作する実行可能ファイルを生成するコンパイル手法である。まず、基本的なコンパイルの概念から理解する必要がある。コンパイルとは、人間が理解しやすいプログラミング言語で書かれたソースコードを、コンピュータが直接実行できる機械語に翻訳する処理を指す。通常、開発者が自身のコンピュータ上でプログラムを作成し、そのコンピュータ上で実行するためのコンパイルを行う。例えば、WindowsのパソコンでC言語のプログラムを書き、それをコンパイルしてWindowsで動くEXEファイルを生成する場合がこれにあたる。このような、開発環境と実行環境が同じプラットフォームである場合のコンパイルをネイティブコンパイルと呼ぶ。これに対してクロスコンパイルは、開発環境と実行環境が異なる状況で用いられる。具体例を挙げると、高性能なWindowsパソコン上で、小型の組込み機器であるRaspberry Pi(CPUはARMアーキテクチャ、OSはLinuxベース)で動作するプログラムを生成するような場合である。このとき、Windowsパソコンがコンパイル作業を行う「ホスト環境」となり、プログラムが実際に動作するRaspberry Piが「ターゲット環境」となる。 クロスコンパイルが必要とされる理由はいくつかある。最も大きな理由は、ターゲット環境のリソース制約である。スマートフォンやIoTデバイス、自動車の制御システムなどの組込み機器は、一般的なパソコンに比べてCPU性能、メモリ容量、ストレージ容量が著しく制限されていることが多い。このような非力な環境で、大規模で複雑なソフトウェアのソースコードをコンパイルしようとすると、膨大な時間がかかったり、メモリ不足でコンパイル自体が失敗したりする可能性がある。そこで、潤沢なリソースを持つ高性能なホスト環境のコンピュータでコンパイル作業を行い、生成された実行ファイルのみをターゲット環境に転送して実行するという手法が取られる。これにより、開発効率を大幅に向上させることができる。また、ターゲット環境によっては、そもそもOSが搭載されていなかったり、コンパイラをはじめとする開発ツールをインストールすること自体が想定されていなかったりする場合もある。このようなケースでは、外部のホスト環境で実行ファイルを生成するクロスコンパイルが唯一の開発手段となる。さらに、一つのソースコードから複数の異なるプラットフォーム向けのアプリケーションを同時に開発する場合にもクロスコンパイルは不可欠である。例えば、あるソフトウェアをWindows版、macOS版、Linux版として提供したい場合、それぞれの環境を用意してネイティブコンパイルを行うのは非効率である。クロスコンパイル環境を整備すれば、一つのホスト環境から各ターゲットOS向けの実行ファイルを効率的に生成することが可能になる。 クロスコンパイルを実現するためには、ターゲット環境に対応した専用のコンパイラが必要となる。これをクロスコンパイラと呼ぶ。クロスコンパイラは、ホスト環境のOS上で動作しながら、ターゲット環境のCPUアーキテクチャが理解できる機械語を生成する能力を持つ。例えば、「x86_64アーキテクチャのLinuxマシンで動作し、ARMアーキテクチャのAndroid向けの実行ファイルを生成するコンパイラ」といった形で、ホストとターゲットの組み合わせが明確に定義されている。実際には、コンパイラ単体で開発が完結することは少なく、ソースコードを機械語に変換するアセンブラや、複数のオブジェクトファイルを結合して一つの実行ファイルを作成するリンカ、デバッグを行うためのデバッガなど、一連のツールが必要となる。このような開発ツール群全体をツールチェーンと呼び、クロスコンパイルを行う際にはターゲット環境に対応した「クロスツールチェーン」をホスト環境に構築する必要がある。クロスコンパイルの基本的な流れは、まず開発者がホスト環境でソースコードを記述し、用意したクロスツールチェーンを用いてコンパイルを実行する。これにより、ターゲット環境で動作する実行ファイルがホスト環境上に生成される。次に、生成された実行ファイルをネットワークやSDカードなどを介してターゲット環境に転送し、そこで実行して動作をテストする。もし問題があれば、ホスト環境に戻ってソースコードを修正し、再びコンパイルして転送するというサイクルを繰り返す。このように、クロスコンパイルは現代の多様なデバイスに向けたソフトウェア開発において、プラットフォーム間の差異を吸収し、効率的な開発を実現するための極めて重要な基盤技術である。