【ITニュース解説】Fiber Concurrency

現代のITシステム、特にWebサービスやアプリケーションを開発する上では、多くの処理を同時に、かつ効率的に実行する能力が極めて重要である。この「同時に処理する」という概念を理解するために、まず「並行」と「並列」という二つの言葉の違いを知る必要がある。並列（Parallelism）とは、複数のCPUコアを持つコンピュータで、物理的に複数のタスクを文字通り同時に実行することである。一方、並行（Concurrency）とは、たとえCPUコアが一つであっても、複数のタスクを非常に短い時間で細かく切り替えながら実行することで、利用者から見ればあたかも同時に処理が進んでいるように見せる技術を指す。この並行処理は、システムの応答性を高める上で欠かせない考え方である。

プログラミング言語Rubyにおいて、並行処理を実現する主な方法には「プロセス」や「スレッド」があるが、近年、特に注目を集めているのが「ファイバー（Fiber）」を用いた手法である。ファイバーは、スレッドよりもさらに軽量な処理の実行単位として設計されている。そのため、一つのプログラム内で数千、数万という大量のファイバーを生成しても、システムのメモリ消費や負荷が少なく、タスクの切り替え（コンテキストスイッチ）も非常に高速に行えるという大きな利点を持つ。

ファイバーの最も重要な特徴は、「協調的マルチタスキング」という仕組みで動作する点にある。これは、現在実行中のファイバーが、自ら「ここで一旦処理を中断し、他のファイバーに実行権を譲ります」と明示的に指示しない限り、他のファイバーは実行の機会を得られないという性質を意味する。この性質は、プログラムの動作が予測しやすくなるというメリットがある一方で、一つのファイバーが時間のかかる処理を始めると、システム全体が停止してしまうという課題も抱えていた。特に、ネットワーク通信やデータベースへのアクセス、ファイルへの読み書きといった、外部からの応答を待つ必要がある処理（I/O処理）は、この待ち時間（I/O待ち）が原因でプログラム全体の実行がブロックされてしまう「ブロッキング」という問題を引き起こす。

このブロッキング問題を解決し、ファイバーの能力を最大限に引き出すために、Ruby 3.0から「Fiber Scheduler（ファイバースケジューラ）」という画期的な仕組みが導入された。ファイバースケジューラは、ファイバーの実行を裏側で自動的に管理し、最適化する役割を担う。具体的には、あるファイバーがブロッキングを引き起こす可能性のあるI/O処理を開始しようとすると、スケジューラがそれを検知する。そして、そのファイバーの実行を一時的に中断させて待機状態にし、その間に実行可能な別のファイバーにCPUの実行権を自動的に切り替える。そして、待機していたI/O処理が完了すると、スケジューラは中断されていたファイバーの実行を適切なタイミングで再開させる。

このファイバースケジューラの存在により、開発者はブロッキングを回避するための複雑な非同期コードを自ら記述する必要がなくなる。あたかも通常の逐次的な処理を書くのと同じ感覚でコードを記述するだけで、裏側ではスケジューラが賢くタスクを切り替え、I/Oの待ち時間を他の処理に充てることで、システムリソースを無駄なく活用してくれる。これにより、プログラム全体のパフォーマンス、特に単位時間あたりに処理できる仕事の量であるスループットが大幅に向上する。

このFiber Concurrencyの仕組みが特に効果を発揮するのが、httpxのようなHTTPクライアントライブラリを使って、複数の外部APIやウェブサイトへ同時にアクセスするような処理である。例えば、複数のウェブページから情報を一度に収集したい場合を考える。従来の方法では、一つ目のページからの応答が完全に返ってくるまで、二つ目のページへのリクエストを開始できなかった。しかし、Fiber Concurrencyを利用すれば、一つ目のページへリクエストを送信した後、応答を待っている時間を有効活用して、間髪入れずに二つ目、三つ目のページへのリクエストを送信できる。それぞれの通信の待ち時間中に、他の通信処理やデータ処理が並行して進むため、全てのページからの情報収集が完了するまでの総時間を劇的に短縮することが可能となる。

このように、Fiber Concurrencyは、特にネットワーク通信のようにI/O待ちが頻繁に発生する現代のアプリケーションにおいて、システムの応答性と処理効率を飛躍的に向上させるための非常に強力な技術である。Rubyに導入されたファイバースケジューラは、この高度な並行処理モデルを開発者がより直感的に利用できるようにするための基盤であり、高性能なアプリケーションを構築する上で理解しておくべき重要な概念だと言える。