【ITニュース解説】ヘリンガー距離(Hellinger distance)とは?

2025年09月10日に「@IT」が公開したITニュース「ヘリンガー距離(Hellinger distance)とは?」について初心者にもわかりやすいように丁寧に解説しています。

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ITニュース概要

ヘリンガー距離とは、2つの確率分布がどれだけ違うかを示す指標。値は0(一致)から1(不一致)の範囲で表され、違いを直感的に把握できる。主に統計学や機械学習の分野で、データ分布の比較や類似度の評価に利用される。

ITニュース解説

ヘリンガー距離は、統計学や機械学習の分野で用いられる、2つの確率分布がどれだけ異なっているかを測るための指標である。確率分布とは、ある事象が起こる確率の分布、つまりデータのばらつき具合を示したものである。例えば、サイコロを振ったときに出る目(1から6)のそれぞれの確率や、ある地域の年齢層の構成比などが確率分布にあたる。ヘリンガー距離を使うことで、これら2つの異なるデータの集まりが「どのくらい似ているか」あるいは「どのくらい違うか」を、0から1の間の数値として客観的に評価することが可能になる。

システム開発やデータ分析の世界では、ウェブサイトのユーザー属性データや、サーバーのCPU使用率のデータなど、さまざまなデータを扱う。こうしたデータは、多くの場合、特定のパターンや傾向を持つ。このデータの傾向やばらつき方を数学的に表現したものが確率分布である。新しいデータセットを取得したときや、システムの挙動が変化したときに、その変化の前後のデータ分布を比較したいという要求は頻繁に発生する。ヘリンガー距離は、まさにこの「分布同士の比較」を行うための道具の一つである。ここで言う「距離」とは、物理的な隔たりではなく、2つの確率分布の「非類似度」や「相違度」を意味する。距離が小さいほど2つの分布は似ており、大きいほど異なっていると解釈できる。

ヘリンガー距離の最大の特徴は、その値が常に0から1の範囲に収まることである。2つの確率分布が完全に同一であれば、ヘリンガー距離は0となる。逆に、2つの分布が全く重なり合う部分を持たない、つまり一方がある値を取る確率が0であるときに、もう一方が正の確率を持つような、完全に異なる分布である場合、ヘリンガー距離は1となる。このように結果が0から1の間に正規化されているため、異なるデータセット間で計算した距離であっても、その値の大小を直感的に比較しやすいという利点がある。

計算式の詳細には立ち入らないが、その考え方はユークリッド距離、つまり私たちが日常的に使う二点間の直線距離の計算に似ている。各データ点における2つの分布の確率値の差を計算し、それらを統合するという考え方に近い。ただし、ヘリンガー距離では確率値の平方根を用いて計算する点が特徴的である。この処理により、確率の小さな値の違いにも敏感に反応しつつ、全体として安定した指標となる性質を持つ。また、ヘリンガー距離は対称性を持つ。つまり、「分布Aと分布Bの距離」を計算しても、「分布Bと分布Aの距離」を計算しても、結果は同じになる。これは、どちらを基準に比較するかによって結果が変わってしまう他の指標と比較した場合の大きな利点であり、単純に2つの分布の「違い」だけを知りたい場合に非常に扱いやすい。

システムエンジニアが関わる分野でのヘリンガー距離の活用例は多岐にわたる。例えば、機械学習モデルの性能評価が挙げられる。本物のデータが持つ確率分布と、機械学習モデルが生成したデータの確率分布を比較する際にヘリンガー距離を用いる。この距離が小さければ小さいほど、モデルは本物のデータに近い、質の高いデータを生成できていると評価できる。これは、画像生成AIが作成した画像の自然さや、不正利用検知モデルの精度を測る上で重要な指標となる。

また、システムの異常検知にも応用される。通常時のサーバーのトラフィックパターンやリソース使用率のデータ分布をあらかじめ学習しておく。そして、リアルタイムで計測されるデータ分布と、この通常時の分布とのヘリンガー距離を継続的に計算する。もし、この距離が急激に大きくなれば、それはシステムの挙動に何らかの異常な変化が生じた可能性を示唆しており、サイバー攻撃やシステム障害の兆候を早期に発見する手がかりとなる。

さらに、データドリフトの検出にも有効である。データドリフトとは、時間が経つにつれて学習済みモデルが扱うデータの傾向が変化し、モデルの予測精度が低下してしまう現象のことである。例えば、ECサイトでユーザーの購買傾向が季節やトレンドによって変化する場合などがこれにあたる。定期的に最新のデータ分布とモデル学習時のデータ分布とのヘリンガー距離を監視することで、データドリフトの発生を検知し、モデルの再学習が必要なタイミングを判断することができる。

このように、ヘリンガー距離は2つのデータ群の「違い」を0から1の標準化された尺度で定量化するためのシンプルかつ強力な手法である。その直感的な分かりやすさと計算上の扱いやすさから、機械学習モデルの評価、システムの監視、データ品質管理など、データに基づいた意思決定が求められる多くの場面で活用されている。システムエンジニアを目指す上で、このようなデータ間の類似度や差異を測る統計的な手法を理解しておくことは、より高度なシステムの設計やデータ駆動型のアプローチを実践する上で非常に重要となるだろう。