【ITニュース解説】Geoengineering will not save humankind from climate change
2025年09月09日に「Ars Technica」が公開したITニュース「Geoengineering will not save humankind from climate change」について初心者にもわかりやすいように丁寧に解説しています。
ITニュース概要
気候変動を人工的に制御する技術「地球工学」では人類を救えないとする新研究が発表された。大気中に粒子を散布するなどの対策は、効果が限定的で予測不能な副作用のリスクもあり、気候変動の根本的な解決にはならないと結論付けた。
ITニュース解説
地球温暖化という地球規模の課題に対し、二酸化炭素(CO2)の排出削減が急務とされている。しかし、その取り組みだけでは温暖化の進行を十分に抑制できないのではないかという懸念から、より直接的に気候を操作しようとする「地球工学(ジオエンジニアリング)」と呼ばれる技術が注目を集めている。これは、地球という巨大で複雑なシステムに対し、工学的なアプローチで介入し、気候を安定させようという試みだ。しかし、最新の研究は、こうした技術が期待されるような解決策にはならず、むしろ予測不能なリスクを伴う可能性を強く示唆している。
地球工学は、大きく二つのアプローチに分類される。一つは「太陽放射管理(SRM: Solar Radiation Management)」だ。これは、地球に降り注ぐ太陽光の量を減らすことで、地球の温度上昇を直接的に抑制しようとする考え方である。代表的な手法として、成層圏に硫酸エアロゾルなどの微粒子を散布し、太陽光を宇宙空間に反射させる方法が検討されている。これは、大規模な火山噴火が起きると、噴出された微粒子が太陽光を遮り、一時的に地球の気温が下がる現象を人工的に再現しようとするものだ。もう一つは「二酸化炭素除去(CDR: Carbon Dioxide Removal)」であり、大気中にすでに存在するCO2を直接回収・貯留する技術や、植物プランクトンの光合成を促進させて海洋によるCO2吸収量を増やすといった方法が含まれる。
今回報告された研究は、特に太陽放射管理(SRM)の効果と影響を、高度な気候モデルを用いたシミュレーションによって詳細に分析したものである。気候変動の予測や評価において、スーパーコンピュータによる大規模シミュレーションは不可欠なツールとなっている。地球という複雑なシステムの挙動を予測するためには、大気、海洋、陸地、氷床など、無数の要素が相互に作用する物理法則を数式モデルに落とし込み、膨大な計算を行う必要がある。このシミュレーションを通じて、研究者たちは地球工学がもたらす意図せざる結果を明らかにした。
第一に、太陽放射管理による冷却効果は地球全体で均一には現れない。シミュレーション結果によれば、地球全体の平均気温を目標値まで下げることができたとしても、地域によっては気候パターンが大きく変化し、特定の地域で深刻な干ばつを引き起こしたり、別の地域では豪雨や洪水のリスクを高めたりする可能性が示された。地球という一つのシステムに加えた変更が、システム内の異なるコンポーネントに予期せぬ副作用をもたらす構図であり、ある問題を解決しようとして新たな、より深刻な問題を生み出しかねない。
第二に、「終了ショック」という深刻なリスクが存在する。一度、成層圏へのエアロゾル散布を開始して温暖化を抑制し始めると、その散布を継続的に行わなければ効果は維持できない。もし国際情勢の悪化や経済的な問題、技術的失敗など何らかの理由で散布が中断された場合、それまで抑えられていた温暖化が一気に、かつ急激に進行することになる。この急激な気温上昇は、生態系が適応できる速度をはるかに超えており、多くの生物種や農業システムに壊滅的な打撃を与える可能性がある。一度導入したらやめることが極めて困難になる、非常に依存性の高い技術と言える。
第三に、太陽放射管理は温暖化の根本原因である大気中のCO2濃度を減らすものではない。そのため、気温上昇は抑制できたとしても、CO2が引き起こす他の問題は解決されない。その代表例が「海洋酸性化」である。大気中のCO2が増えると、その一部が海水に溶け込み、海の酸性度を高める。これにより、サンゴや貝類など、炭酸カルシウムの殻や骨格を持つ海洋生物の生育が阻害され、海洋生態系全体に深刻な影響が及ぶ。太陽光を遮るだけではこの問題は全く解決せず、見えないところで海の環境破壊は進行し続けることになる。
これらの研究結果が示すのは、地球工学が気候変動に対する「銀の弾丸」ではないという厳然たる事実だ。地球の気候システムは、我々が扱う情報システムとは比較にならないほど複雑で、相互に関連し合った要素で成り立っている。そのようなシステムに対し、一つのパラメータ(太陽光の入射量)を調整するだけで全ての問題が解決するという考えは、あまりに短絡的である。根本原因である温室効果ガスの排出という問題に対処せず、対症療法的な技術に頼ることは、未知の副作用や、より管理が難しい新たなリスクを生み出す危険性をはらんでいる。
この知見は、システムエンジニアを目指す者にとっても重要な示唆を与える。複雑なシステムで問題が発生した際、その場しのぎの修正やパッチ適用で表面的な症状を抑えることは、根本的な原因を見えにくくし、長期的にはより大きな障害につながることがある。真の解決策は、システムの構造や設計に立ち返り、問題の根源を特定して対処することにある。気候変動という課題においても、技術の限界とリスクを正確に理解した上で、最も確実で持続可能な解決策、すなわち温室効果ガスの排出量そのものを削減する努力を続けることの重要性が、今回の研究によって改めて浮き彫りになったと言えるだろう。