競合状態 (キョウゴウジョウタイ) とは | 意味や読み方など丁寧でわかりやすい用語解説
競合状態 (キョウゴウジョウタイ) の読み方
日本語表記
競合状態 (キョウゴウジョウタイ)
英語表記
Race condition (レースコンディション)
競合状態 (キョウゴウジョウタイ) の意味や用語解説
競合状態とは、複数のスレッドやプロセスが共有リソースに対して同時にアクセスしようとするとき、それらの処理の実行順序が意図しないものとなり、結果としてプログラムの動作が不安定になったり、期待する結果が得られなくなったりする現象を指す。これは、並行処理を行うシステムにおいて発生しうる、深刻なバグの原因の一つである。 システムが複数の処理を並行して実行する場合、それらの処理はCPUの時間を分割して利用したり、複数のCPUコア上で同時に実行されたりする。このとき、複数の処理が共通のデータやハードウェアリソース(例えばメモリ上の変数、ファイル、データベースのレコードなど)にアクセスする状況が発生する。共有リソースに対する読み書き操作が、ある処理にとっては一連の不可分な操作に見えても、OSのスケジューリングによってその途中で別の処理にCPUの実行権が渡ってしまうことがある。これにより、共有リソースの状態が予期せず変更され、後続の処理が誤ったデータに基づいて動作してしまう、あるいはデータが破損してしまうといった問題が発生する。 詳細なメカニズムを説明する。例えば、ある銀行口座の残高を更新する操作を考える。この操作は、「現在の残高を読み込む」、「その残高に加算または減算を行う」、「新しい残高を書き込む」という一連のステップで構成される。もし、二つの異なる処理が同時にこの口座の残高を更新しようとした場合、競合状態が発生する可能性がある。 仮に現在の残高が1000円であり、処理Aが200円加算し、処理Bが300円加算するとする。通常であれば、最終的な残高は1500円になることを期待する。しかし、競合状態が発生すると以下のようになる可能性がある。まず、処理Aが残高1000円を読み込む。次に、OSが処理Aの実行を中断し、処理BにCPUを割り当てる。処理Bが残高1000円を読み込み、300円加算して新しい残高1300円を書き込む。その後、OSが処理Bの実行を中断し、再び処理AにCPUを割り当てる。処理Aは以前読み込んだ残高1000円に基づいて200円加算し、新しい残高1200円を書き込む。この結果、本来は1500円になるべき残高が1200円になってしまい、300円の加算が失われるというデータの不整合が発生する。これが競合状態による典型的な問題点である。 競合状態が引き起こす問題はデータの不整合にとどまらない。一つはデッドロックである。これは、複数の処理がお互いに相手が保持しているリソースの解放を待ち続け、結果としてどの処理も先に進めなくなる状態を指す。例えば、処理AがリソースXをロックし、処理BがリソースYをロックしている状況で、処理AがリソースYを、処理BがリソースXをそれぞれ要求した場合、両方の処理は永久に待ち続けることになる。また、ライブロックという問題もある。これは、デッドロックに似ているが、処理が停止するのではなく、お互いにリソースの解放を試みたり、要求を譲り合ったりすることで、結果的に誰も処理を進められない状態に陥ることを指す。常に状態が変化しているため、デッドロックのように完全に停止しているわけではないが、実質的には何も進展しない。さらに、飢餓(Starvation)という問題も発生しうる。これは、特定の処理が共有リソースへのアクセス権をいつまでも得られず、結果としてその処理が実行されないままになる状態である。優先度の低い処理が、優先度の高い処理に常にリソースを奪われ続けるケースなどが該当する。 これらの競合状態を回避し、システムの信頼性と正確性を保証するためには、適切な排他制御や同期メカニズムを導入する必要がある。最も基本的な解決策は排他制御である。これは、共有リソースにアクセスするコードの領域、すなわちクリティカルセクションに対して、一度に一つの処理しか進入できないように制限する手法である。排他制御を実現するための代表的なメカニズムには、ロック(Lock)、セマフォ(Semaphore)、ミューテックス(Mutex)などがある。ロックは、共有リソースへのアクセスを制御するための一般的な手段で、ある処理が共有リソースを利用する前にロックを取得し、利用が終わったらロックを解放する。他の処理は、ロックが解放されるまで待機する。ミューテックスは、相互排他(Mutual Exclusion)の略で、一つのリソースに対して一度に一つのスレッドしかアクセスできないようにする排他制御のプリミティブである。ロックと似ているが、ミューテックスは主にスレッド間で利用される排他制御の機構として認識されることが多い。セマフォは、リソースへのアクセスを同時に許可するスレッドやプロセスの数を制限する汎用的な同期機構である。バイナリセマフォはミューテックスと同様に排他制御に利用できるが、カウンティングセマフォは複数リソースの利用可能数をカウントし、リソースのプールを管理する用途にも使われる。 排他制御以外にも、競合状態を回避するための様々な手法がある。アトミック操作は、複数のCPU命令から構成される一連の操作を、中断されることなく単一の不可分な操作として実行することを保証するものである。例えば、メモリ上の特定の値を読み込み、変更し、書き戻すという一連の操作を、ハードウェアレベルで中断不能に実行するCAS(Compare-And-Swap)命令などがこれに該当する。これにより、ロックを使用せずに特定の共有データを安全に更新できる場合がある。データベースシステムでは、トランザクションという概念が用いられる。トランザクションは、複数の操作を一つの論理的な単位として扱い、その単位が完全に成功するか、あるいは完全に失敗して元の状態に戻るか(ロールバック)のいずれかであることを保証する。これはACID特性(原子性, 一貫性, 独立性, 永続性)と呼ばれる性質によって担保され、複数のユーザーが同時にデータベースを操作してもデータの整合性が保たれるようになっている。さらに高度な手法として、ロックフリープログラミングやノンブロッキングアルゴリズムがある。これらはロックを使用せずに、アトミック操作などを駆使して並行処理における競合状態を回避しようとするものである。ロックのオーバーヘッドやデッドロックのリスクを避けることができるが、実装は非常に複雑になる。 システムを設計する際には、共有リソースへのアクセスパスを特定し、それらに対する適切な排他制御や同期メカニズムを適用することが不可欠である。不適切な同期は、競合状態を引き起こすだけでなく、性能の低下(例えば、ロックの取り合いによる過度な待機)や、複雑なバグの温床となるため、慎重な検討とテストが求められる。競合状態は再現が難しく、デバッグが非常に困難な問題であるため、設計段階で十分な考慮が必要である。