【ITニュース解説】Why Rewriting Emacs Is Hard

2025年09月04日に「Reddit /r/programming」が公開したITニュース「Why Rewriting Emacs Is Hard」について初心者にもわかりやすいように丁寧に解説しています。

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ITニュース概要

巨大なテキストエディタEmacsをゼロから作り直すことがなぜ難しいか解説する。長年の機能追加による複雑性、既存システムとの互換性維持、ユーザーの期待に応えるための技術的課題がその理由だ。

出典: Why Rewriting Emacs Is Hard | Reddit /r/programming公開日:

ITニュース解説

Emacsのリライトがなぜ難しいかという問いは、大規模なソフトウェアプロジェクトが直面する複雑さと、その歴史がもたらす重みを理解する上で非常に良い事例となる。まずEmacsとは何かというと、これは単なるテキストエディタの枠を超え、多くの機能を統合した開発環境のようなものだと理解すると良いだろう。プログラマーがコードを書いたり、ファイルを管理したり、時にはメールを読んだりするのに使われる、非常に多機能なツールである。Emacsの最大の特徴は、Emacs Lisp(エル・リスプ、Elispと略される)という専用のプログラミング言語によって、ユーザー自身がその動作を深くカスタマイズしたり、新しい機能を追加したりできる点にある。これにより、Emacsは個々のユーザーのニーズに合わせて無限に拡張可能なツールとして長年利用されてきた。

しかし、なぜこのようなソフトウェアを「リライト」、つまりゼロから作り直そうという話が出るのか。一般的に、ソフトウェアのリライトは、既存のコードベースが古くなりすぎて保守が困難になったり、新しい技術を取り入れたい、あるいはパフォーマンスを大幅に改善したいといった場合に検討される。Emacsも例外ではなく、その歴史は非常に長く、最初のリリースから数十年が経過しているため、現代のプログラミングパラダイムや技術とは異なる部分が多く存在する。そのため、もっとモダンなプログラミング言語で書き直せば、より効率的で、安全で、開発しやすいEmacsが作れるのではないか、と考える開発者がいても不思議ではない。

ところが、Emacsのリライトは想像を絶するほど難しい。その最大の理由の一つは、Emacsが持つ「歴史の重み」と「コードベースの複雑さ」にある。Emacsのコードは数十年にわたって多くの開発者によって追加、修正されてきたため、その全体像を完全に把握することは非常に困難である。特定の機能がどのような仕組みで動いているのか、なぜそのように実装されているのか、といった詳細な知識は、長年の経験を持つごく一部の開発者にしか共有されていないことが多い。このようなコードベースは「レガシーコード」と呼ばれ、少し修正しただけで予期せぬ別の場所で問題が発生する「副作用」のリスクが常に伴う。ゼロから書き直すということは、これらの複雑な挙動や、長年の間に蓄積されたバグ修正の知見をすべて再現することを意味する。

さらに大きな壁となるのが、先述した「Emacs Lispによる拡張性」である。Emacsの強力なカスタマイズ性は、何万ものEmacs Lispで書かれた拡張機能(パッケージと呼ばれる)の存在によって支えられている。これらはユーザーが独自に作成したものから、広く使われている標準的なものまで多岐にわたり、Emacsのエコシステムを形成している。もしEmacsを新しいプログラミング言語でリライトした場合、これらの膨大なEmacs Lispパッケージがそのまま動作しなくなる可能性が非常に高い。これは、新しいEmacsが提供する内部の仕組みやプログラミングインターフェースが、既存のEmacs Lispが前提としているものと異なるためである。リライトされたEmacsが、これら既存のパッケージ資産をどう扱うか、あるいはゼロから新しいパッケージシステムを構築し、ユーザーに移行を促すのか、という問題は非常に大きい。既存のユーザーは、長年使い慣れた拡張機能が使えなくなることを望まないため、新しいEmacsへの移行が進まない恐れがある。

また、Emacsは単なるテキストエディタではなく、ファイラ、メールクライアント、Webブラウザ、ゲームなど、非常に多くの機能が組み込まれている。これらの多岐にわたる機能をすべて新しいコードベースで再現するには、膨大な時間と労力が必要となる。テキストエディタとしての核となる機能だけでも大変なのに、それ以外のすべての機能まで含めると、その作業量は気が遠くなるほど膨大になる。一つの機能が欠けているだけでも、特定のユーザーにとっては新しいEmacsが「不完全」に見えてしまい、利用をためらう要因となる。

最後に、ユーザーコミュニティの期待と、変化に対する抵抗も重要な要素である。Emacsのユーザーは、長年の利用経験から特定の操作感や機能の挙動に強く慣れ親しんでいる。新しいEmacsが、たとえ技術的には優れていても、既存のEmacsと異なる挙動をしたり、慣れた操作ができなかったりすると、ユーザーからの強い反発を招く可能性がある。ソフトウェア開発において、技術的な改善だけでなく、既存ユーザーの満足度と継続的な利用を確保することは非常に重要だ。

これらの理由から、Emacsのリライトは技術的な挑戦というだけでなく、歴史、コミュニティ、そして既存のソフトウェア資産という複数の側面が複雑に絡み合う、極めて困難なプロジェクトとなる。それは、動いている巨大なシステムを、そのすべての機能とユーザーの期待を損なわずに、完全に別のものに置き換えるという、壮大な試みなのである。この事例は、大規模なソフトウェアプロジェクトにおける、レガシーコードの扱い方、互換性の維持、そしてコミュニティとの関係性の重要性を教えてくれる。

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