【ITニュース解説】GPUの単精度 sin / cos 関数の誤差を引数 32bit 全探索で調べた
2025年09月24日に「Zenn」が公開したITニュース「GPUの単精度 sin / cos 関数の誤差を引数 32bit 全探索で調べた」について初心者にもわかりやすく解説しています。
ITニュース概要
GPUはsin/cos関数を高速計算する「近似版」と、より正確な「標準版」を持つ。ゲームなどで使われる「近似版」は高速だが、計算結果に誤差が生じる可能性がある。本記事は、このGPUのsin/cos関数の「近似版」がどれくらいの誤差を持つのかを詳しく調査した。
ITニュース解説
コンピュータの世界では、様々な計算が日々行われている。その中でも、特にグラフィックスや物理シミュレーションといった分野で重要な役割を果たすのが、GPUと呼ばれる計算装置だ。GPUは、私たちが普段使っているCPUとは異なり、大量の比較的単純な計算を並行して処理することに特化している。これにより、3Dゲームの美しいグラフィックや、複雑な物理現象のシミュレーションを高速に行うことが可能になる。
GPUがよく行う計算の一つに、三角関数であるsin(サイン)やcos(コサイン)がある。これらの関数は、例えば物体の回転や波の動き、光の反射などを計算する際に頻繁に利用される。しかし、コンピュータで数値を扱う際には、常に「精度」という問題がつきまとう。コンピュータは無限に正確な数値を表現できないため、どうしても誤差が生じてしまうのだ。
コンピュータが小数点以下の数値を扱う方法の一つに、「浮動小数点数」という形式がある。この記事で注目しているのは「単精度浮動小数点数」というもので、これは32ビット(情報を表現する最小単位)のデータで数値を表現する。32ビットの箱に収められる情報量には限界があるため、非常に大きな数や非常に小さな数、あるいは小数点以下の桁数が無限に続くような無理数を、正確に表現することはできない。そのため、計算結果にはどうしてもわずかなズレ、すなわち「誤差」が生じてしまうのだ。この誤差は、単一の計算では非常に小さく見えても、多くの計算が積み重なると無視できない大きさになる可能性がある。
GPUでsinやcosのような複雑な計算を行う際、速度を重視するか、精度を重視するかという選択が生まれる。多くのGPU、例えばNVIDIAやAMDの製品には、SFU(Special Function Unit)と呼ばれる専用のハードウェアが搭載されている。これは、特定の数学関数を非常に高速に計算するために特化された部分だ。この記事では、このSFUを使って計算されるsin/cos関数を「近似版」と呼んでいる。近似版は、名前の通り、厳密な計算ではなく、高速化のためにある程度の誤差を許容する「近似」の方法で計算を行う。その速度は驚異的で、一回の計算をわずか1サイクルで行うことができる。
一方で、SFUを使わずに、より一般的な方法で計算を行うsin/cos関数も存在する。これを記事では「標準版」と呼んでいる。標準版は、近似版よりも計算に時間がかかる可能性があるが、その分、より高い精度で結果を出力することが期待される。
普段、ゲームエンジンなどでシェーダー(グラフィック処理を行うプログラム)からsinやcos関数を呼び出す場合、多くの場合、高速な「近似版」が意識されずに使われている。しかし、この近似版が、どれほどの誤差を持つのか、そしてその誤差がどのような状況で大きくなるのかは、開発者にとって重要な情報だ。
そこでこの記事では、「近似版」と「標準版」のsin/cos関数の誤差を徹底的に調査している。その方法が「引数32ビット全探索」だ。これは、単精度浮動小数点数で表現できるすべての入力値(約40億通り)に対して、それぞれのsin/cos関数を計算し、その結果がどれだけ正確な値からズレているかを一つ一つ調べるという、途方もない作業だ。もちろん、実際に40億通りの計算をそのまま行うわけではなく、三角関数の性質を利用して、代表的な区間(例えば0から90度、90度から180度など)に分けて検証している。この全探索によって、どのような入力値のときに誤差が大きくなるのか、あるいはどの程度の最大誤差が生じるのかを網羅的に把握することができる。
検証の結果、「近似版」は確かに高速である一方で、その誤差は「標準版」に比べて大きいことが判明した。特に、特定の入力値の範囲では、近似版の最大誤差が標準版の約10倍にもなるケースが見られた。例えば、xが0に近い値や、ちょうどPI/2(90度)に近い値のときに、相対的な誤差が大きくなる傾向があるという。相対誤差とは、計算結果の絶対的なズレだけでなく、元の値に対するズレの割合を指す。このような特定の入力値で誤差が大きくなることは、もしその値がゲームの物理エンジンや科学シミュレーションの重要な部分で使われた場合、予期せぬ挙動や不正確な結果につながる可能性がある。
一方で、「標準版」のsin/cos関数は、近似版に比べて誤差が非常に小さく抑えられており、特定の入力値で誤差が急増するような傾向はほとんど見られなかった。これは、より厳密な計算が行われている証拠と言える。
この検証結果は、システムエンジニアを目指す皆さんにとって非常に示唆に富んでいる。高性能なGPUを使ってプログラムを作る際、ただ高速だからという理由だけで「近似版」の関数を安易に使うのではなく、その裏に潜む「誤差」というリスクを理解しておくことの重要性を示している。ゲームのように高速性が求められる場面では、近似版の誤差が許容できる範囲であれば、積極的に利用することでパフォーマンスを向上できるだろう。しかし、医療シミュレーションや精密な科学計算など、高い精度が絶対的に必要な場面では、たとえ処理速度が少し犠牲になっても、「標準版」や、場合によってはさらに高精度な計算方法を選択するべきだ。
最終的に、この研究は、コンピュータでの数値計算には常に「速度」と「精度」という二つの要素があり、それらはしばしばトレードオフの関係にあることを改めて教えてくれる。システムの要件に応じて、どちらを優先すべきかを判断し、適切な選択を行う知識と洞察力が、システムエンジニアには求められるのだ。