【ITニュース解説】Bringing restartable sequences out of the niche
2025年09月07日に「Reddit /r/programming」が公開したITニュース「Bringing restartable sequences out of the niche」について初心者にもわかりやすいように丁寧に解説しています。
ITニュース概要
「restartable sequences」は、マルチスレッド環境でのデータアクセスを効率化し、プログラムを高速化するLinuxカーネル技術だ。特定の用途に限定されてきたが、今後はより多くのシステムで活用が進むだろう。
ITニュース解説
Restartable Sequences(RSEQ、再開可能シーケンス)は、Linuxカーネルに導入された比較的新しい機能の一つで、高性能なシステムを構築する上で非常に重要な役割を果たす。この技術は、特に複数のCPUコアを持つ現代のコンピュータシステムにおいて、プログラムの実行効率を大幅に向上させることを目的としている。システムエンジニアを目指す上で、このような低レベルな最適化技術の存在とその目的を理解することは、コンピュータがどのように動作し、いかに効率化されているかを知る上で役立つだろう。
コンピュータのプログラムは通常、ユーザー空間と呼ばれる領域で動作し、オペレーティングシステム(OS)の核であるカーネルは、カーネル空間と呼ばれる別の領域で動作する。ユーザー空間のプログラムが、システムのリソースにアクセスしたり、特殊な操作を実行したりする必要がある場合、通常はシステムコールという仕組みを使ってカーネルに処理を依頼する。例えば、ファイルを開く、メモリを確保する、現在の時刻を取得する、といった操作は全てシステムコールを通じて行われる。
しかし、このシステムコールにはオーバーヘッドが存在する。ユーザー空間からカーネル空間への切り替え、そして処理が完了した後のユーザー空間への復帰には、それなりの時間がかかる。この時間は、特に特定の情報を頻繁に取得したり、複数のCPUコアが協調して動作するような場面では、無視できない性能低下の原因となることがある。例えば、プログラムが現在のCPUの識別子(どのCPUコアで実行されているかを示す番号)を頻繁に知る必要がある場合、その度にシステムコールを発行するのは非効率的だ。また、マルチスレッドのプログラムでは、複数のスレッドが同時に同じデータにアクセスしようとすると問題が生じるため、ロック(排他制御)を使ってデータの整合性を保つが、このロックもまた性能を低下させる要因となる。
Restartable Sequencesは、このようなシステムコールのオーバーヘッドやロックによる性能低下を緩和するために考案された。その基本的な考え方は、ユーザー空間のプログラムが特定の、ごく短い一連の命令(シーケンス)を、カーネルの助けを借りて「アトミック」に実行できるようにすることにある。アトミックとは、その一連の命令が途中で中断されることなく、まるごと一単位として実行されることを保証するという意味である。
具体的には、プログラムはカーネルに対して、これから実行する一連の命令が、もし途中でCPUの実行が別のタスクに切り替わったり(プリエンプション)、そのプログラムが別のCPUコアに移動されたりした場合に、最初からやり直される(リスタートされる)ことを要求する。カーネルは、この要求を受け付けることで、ユーザー空間のプログラムがカーネル空間のデータに直接、かつ安全にアクセスできるようにする。
仕組みとしては、まずユーザー空間のプログラムがカーネルにRSEQの登録を行う。そして、プログラムは特定のCPUレジスタ(CPUがデータを一時的に保持する非常に高速なメモリのようなもの)を使い、カーネルが管理する特定の情報へのポインタ(メモリアドレス)を直接設定する。その後、ユーザー空間のコードはそのポインタを使って、必要な情報を直接読み取るなどの操作を行う。
もしこの操作の途中で、OSがそのスレッドの実行を中断し、別のスレッドにCPUを割り当てたり、あるいはそのスレッドを別のCPUコアに移動させたりした場合、RSEQが登録されているおかげでカーネルが介入する。カーネルは、RSEQが開始された時点のCPUの状態(特にレジスタの値やプログラムカウンタなど)を記憶しており、中断が発生した際に、そのシーケンスが最初から実行されるようにプログラムカウンタを巻き戻し、必要に応じてレジスタの値を復元する。これにより、ユーザー空間のプログラムは、たとえ途中で中断されたとしても、常に整合性の取れた状態から処理を再開できることが保証される。結果として、ロックを使わずに、非常に高速に共有データにアクセスできるようになる。
この技術がもたらすメリットは大きい。第一に、処理の高速化である。システムコールを介さずにユーザー空間から直接カーネルのデータにアクセスできるため、遅延が大幅に削減される。特に、現在のCPU番号やスレッドID、時刻情報など、非常に頻繁に参照されるデータの取得が高速になる。第二に、オーバーヘッドの削減である。システムコールやロック機構の使用頻度を減らすことで、CPUが本来の計算処理に費やせる時間が増え、システムの全体的な効率が向上する。第三に、スケーラビリティの向上である。マルチコア環境において、各CPUコアがより独立して、かつ効率的に動作できるようになるため、システム全体の並列処理性能が高まる。
Restartable Sequencesは、一般的なアプリケーション開発者が直接コードを記述して利用する機会はほとんどない。しかし、この機能はC言語の標準ライブラリ(例えばglibc)のような、OSと密接に関わる低レベルなライブラリの内部で利用されている。例えば、getcpu()という、現在プログラムが動作しているCPUの識別子を取得する関数や、futex(Fast Userspace Mutex)という高速なユーザー空間での排他制御機構の実装などにRSEQが活用され、その結果として、我々が日常的に使うアプリケーションの性能向上に貢献している。
このようにRestartable Sequencesは、オペレーティングシステム内部の非常に洗練された最適化技術であり、現代の高性能コンピューティング環境において、ソフトウェアの効率と応答性を極限まで高めるための重要な基盤技術の一つであると言える。システムエンジニアを目指すのであれば、直接使うことはなくても、このような低レベルなメカニズムがどのようにシステム性能に貢献しているのかを知っておくことは、より深い理解と問題解決能力を養う上で有益だろう。