楕円曲線暗号 (ダエンキョクセンアンゴウ) とは | 意味や読み方など丁寧でわかりやすい用語解説

作成日: 更新日:

楕円曲線暗号 (ダエンキョクセンアンゴウ) の読み方

日本語表記

楕円曲線暗号 (ダエンキョクセンアンゴウ)

英語表記

Elliptic Curve Cryptography (エリプティックカーブクリプトグラフィ)

楕円曲線暗号 (ダエンキョクセンアンゴウ) の意味や用語解説

楕円曲線暗号は、公開鍵暗号方式の一種であり、英語表記のElliptic Curve Cryptographyを略してECCとも呼ばれる。この技術は、現代のデジタル社会において、安全な通信やデータの完全性を保証するために不可欠な役割を担っている。特に、代表的な公開鍵暗号であるRSA暗号と比較して、より短い鍵長で同等の安全性を実現できる点が最大の特徴である。この効率性の高さから、処理能力やバッテリー、ストレージ容量に制約のあるスマートフォン、ICカード、IoTデバイスといった多様な環境で広く採用されている。主に、インターネット通信の暗号化、デジタル署名による本人認証や改ざん検知、そして安全な鍵交換プロトコルなどで活用される。 公開鍵暗号の基本的な仕組みは、対となる公開鍵と秘密鍵を用いる点にある。公開鍵は文字通り一般に公開され、誰でもデータの暗号化や署名の検証に使用できる。一方、秘密鍵は所有者のみが厳重に管理し、暗号化されたデータの復号やデジタル署名の生成に用いる。楕円曲線暗号は、この公開鍵暗号の仕組みを、「楕円曲線」と呼ばれる数学的な対象を利用して構築したものである。具体的な応用アルゴリズムとしては、安全に共通鍵を共有するための楕円曲線ディフィー・ヘルマン鍵共有(ECDH)や、取引の正当性などを保証するデジタル署名のための楕円曲線DSA(ECDSA)が知られている。 楕円曲線暗号の安全性の根幹をなすのが、数学における「楕円曲線上の離散対数問題(ECDLP)」である。楕円曲線とは、y^2 = x^3 + ax + b という特定の方程式で定義される平面上の点の集合であり、これらの点の間には特殊な加算演算が定義できる。この加算を繰り返し行う演算をスカラー倍算と呼ぶ。例えば、曲線上の基準点(ベースポイント)Gをk回足し合わせる計算(kG)によって、新たな点Qを求めることは容易である。しかし、逆に点Gと点Qが与えられたときに、元の整数kを算出することは、計算量的に極めて困難である。この一方向性の性質が離散対数問題であり、楕円曲線暗号では、この困難性を安全性の基盤としている。具体的には、秘密鍵が整数kに、公開鍵が点Qに相当し、公開鍵から秘密鍵を推測することが事実上不可能であることにより、暗号の安全性が担保される。 このECDLPの困難性は、RSA暗号の安全性の根拠である素因数分解問題の困難性と比較して、より高い強度を持つ。そのため、同じレベルの安全性を確保するために必要な鍵の長さが、楕円曲線暗号の方がはるかに短くて済む。一例を挙げると、128ビットの安全強度(攻撃者が解読に要する計算量が2の128乗に相当することを示す指標)を達成するために、RSA暗号では3072ビットの鍵長が必要となるが、楕円曲線暗号では256ビットの鍵長で十分である。鍵長が短いことによる利点は大きい。まず、鍵の生成や暗号・復号の処理にかかる計算負荷が軽減され、システムの応答性が向上する。また、通信時に送受信されるデータ量や、証明書などを保存する際に必要となるストレージ容量を削減できる。これらの利点により、Webサーバとブラウザ間の通信を保護するSSL/TLS証明書において、従来のRSAに代わりECCの採用が標準的になった。さらに、ビットコインをはじめとする多くの暗号資産(仮想通貨)において、取引の正当性を証明するデジタル署名技術としてECDSAが中核を担っている。 ただし、将来的な課題も存在する。現在開発が進められている量子コンピュータが実用化されれば、「ショアのアルゴリズム」によって離散対数問題も素因数分解問題も効率的に解読可能となるため、楕円曲線暗号もRSA暗号もその安全性を失うと指摘されている。この来るべき脅威に対応するため、世界中の研究機関で、量子コンピュータでも解読できない新しい暗号技術である「耐量子コンピュータ暗号(PQC)」の研究開発が精力的に進められている。

楕円曲線暗号 (ダエンキョクセンアンゴウ) とは | 意味や読み方など丁寧でわかりやすい用語解説