【ITニュース解説】IBMの研究最前線に迫る--量子、AI、古典コンピューティングの融合が描く未来

2025年09月09日に「ZDNet Japan」が公開したITニュース「IBMの研究最前線に迫る--量子、AI、古典コンピューティングの融合が描く未来」について初心者にもわかりやすいように丁寧に解説しています。

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ITニュース概要

IBMは、AI、半導体、量子コンピューターを融合させた未来の計算基盤を研究開発している。具体的には、2nm半導体や50倍効率のアナログAI、絶対零度で動く量子コンピューターなど、最先端技術の実用化を目指す。

ITニュース解説

現代のデジタル社会を支えるコンピューター技術は、今、大きな変革期を迎えている。その最前線では、従来のコンピューターをさらに進化させる研究、人工知能(AI)をより効率的に動かす研究、そして全く新しい計算原理に基づく量子コンピューターの研究が同時に進められている。これら「古典コンピューティング」「AI」「量子コンピューティング」という三つの技術が融合することで、これまで解決できなかった複雑な課題に挑むための、未来の計算基盤が形作られようとしている。

まず、我々が日常的に利用しているスマートフォンやパソコンの基礎となっているのが「古典コンピューティング」である。その心臓部である半導体チップの性能は、中に詰め込まれた「トランジスタ」という極小スイッチの数によって決まる。このトランジスタをより小さく、より多く集積させることが性能向上の鍵となる。IBMが開発を進める「2nm(ナノメートル)」プロセス技術は、現在の最先端技術をさらに超える微細化を実現するもので、指の爪ほどの大きさのチップに数百億個ものトランジスタを搭載可能にする。これにより、コンピューターの処理能力は飛躍的に向上し、消費電力は大幅に削減される。また、チップを単に平面的に並べるだけでなく、垂直に積み重ねる「3D積層技術」も重要だ。これにより、チップ間のデータのやり取りが高速化され、システム全体の効率が向上する。こうした古典コンピューティングの着実な進化が、巨大化するAIモデルを動かし、繊細な制御を必要とする量子コンピューターを支えるための、揺るぎない土台となる。

次に、現代技術の主役となりつつあるAIの分野では、計算の仕組みそのものを変える革新が起きている。現在のコンピューターは「デジタル」、つまり0か1かの明確な信号で計算を行うが、IBMが研究する「アナログAIチップ」は、人間の脳神経の仕組みに近い「アナログ」、つまり連続的な値で情報を処理する。これにより、特にAIが得意とするパターン認識などの推論処理において、従来のデジタルチップに比べて最大で50倍もの電力効率を実現できる可能性がある。これは、AIをより多くのデバイスに搭載し、省エネルギーで運用するために不可欠な技術だ。さらに、AIの知能そのものを進化させる「基盤モデル」の研究も進んでいる。これは、膨大なデータから世界の仕組みを学習した巨大なAIモデルであり、特定の用途に限定されず、様々なタスクに応用できる汎用性を持つ。企業が安心してAIを活用できるよう、その動作の透明性や信頼性を確保する研究が、実用化に向けた重要な鍵を握っている。

そして、未来の計算技術として最も大きな可能性を秘めているのが「量子コンピューティング」である。古典コンピューターが0か1のどちらかの状態しか取れない「ビット」で計算するのに対し、量子コンピューターは、0と1の両方の状態を同時に持ちうる「量子ビット」を用いる。この「重ね合わせ」という特異な性質を利用することで、古典コンピューターでは現実的な時間内に解くことが不可能な、膨大な組み合わせを探索するような問題を効率的に解くことができる。例えば、新薬開発のための分子シミュレーションや、高効率な新素材の発見、金融市場の複雑なリスク分析などがその応用先として期待されている。しかし、量子ビットは外部のノイズに極めて弱く、計算エラーを起こしやすいという課題があり、その性能を維持するためには絶対零度に近い極低温環境が必要となる。IBMは、1000量子ビットを超えるプロセッサーの開発や、エラーを抑制する技術の改良を着実に進めており、この革新的な計算機の実用化に向けた道を切り拓いている。

重要なのは、これら三つの技術がそれぞれ独立して進化するのではなく、互いに連携し、一つの巨大な計算システムとして機能する未来を目指している点である。これを「ハイブリッドコンピューティング」と呼ぶ。例えば、ある複雑な化学反応をシミュレーションする場合、量子的な現象を計算する最も困難な部分は量子コンピューターが担当し、その前後の大量のデータ処理や結果の分析は、高速な古典コンピューターと高度なAIが担う、といった役割分担が考えられる。それぞれの技術の得意な領域を組み合わせることで、単一の技術だけでは到達できない、より高度で複雑な問題解決が可能になる。このように、古典、AI、量子の三つの力が融合することで、科学、医療、産業など、あらゆる分野で人類の能力を拡張する、全く新しい計算の時代が始まろうとしている。