【ITニュース解説】Vercel製AIツール三種の神器で実現する - モダンなAIチャット開発

近年、多くのWebサービスにAIチャット機能が搭載されるようになった。しかし、AIチャットアプリケーションの開発には、従来のWeb開発とは異なる特有の難しさがある。例えば、AIは人間のように一度に文章を完成させるのではなく、単語や文節を少しずつ生成していく。このAIの思考プロセスをリアルタイムに画面へ表示する「ストリーミング処理」は、実装が複雑になりがちだ。また、AIは箇条書きやプログラムのコードといった書式情報（Markdown）を含んだ回答を生成することがあるが、ストリーミング中はこれらの書式情報が不完全な状態で送られてくるため、そのままでは表示が崩れてしまう。さらに、ユーザーとAIのやり取りの履歴や、AIが回答を生成中であるといった状態を管理する仕組みも、従来のWebアプリケーションより複雑になる傾向がある。これらの課題を解決し、開発者がより効率的に高品質なAIチャットを開発できるよう、Vercel社が提供している3つの強力なツールが存在する。それぞれが異なる役割を担い、組み合わせることで開発体験を大きく向上させる。

1つ目は、AIとの通信を担う基盤となる「Vercel AI SDK」である。これは、AIチャット開発に必要な機能をまとめたソフトウェア開発キット（SDK）だ。AIチャットを開発する際には、OpenAIのGPTシリーズやGoogleのGeminiなど、様々な企業が提供するAIモデルを利用することになる。これらのAIモデルは、それぞれ呼び出し方やデータの形式といったルール（API）が異なるため、本来であれば開発者はAIモデルごとに個別のプログラムを書く必要があった。しかし、Vercel AI SDKを使えば、これらの差異をSDKが吸収してくれるため、開発者は統一されたシンプルな方法で様々なAIモデルを扱うことができる。このSDKが持つ特に強力な機能が、ストリーミング処理の簡略化だ。ReactというWeb画面を構築するための技術で利用できる「useChat」という特別な仕組み（フック）を使うだけで、AIからの応答を少しずつ受け取って画面に表示するという、複雑な処理を数行のコードで実現できる。これにより、開発者は本来注力すべきアプリケーションの機能開発に集中できる。

2つ目は、ユーザーが直接目にする画面部分（UI）の構築を助ける「AI Elements」である。これは、AIチャットの画面表示に特化したUIコンポーネント群だ。AIチャット開発における大きな課題の一つに、ストリーミング中の不完全なMarkdownの表示がある。例えば、プログラムのコードを表示するための記号「」が、まだ最後の「」が送られてきていない途中の状態で表示しようとすると、デザインが崩れてしまう。AI Elementsは、こうした不完全な状態のMarkdownを賢く解釈し、リアルタイムで適切に表示してくれる機能を持つ。開発者が自前でこの処理を実装するのは非常に手間がかかるため、この機能は大きな助けとなる。また、チャットのメッセージリストや入力フォームといった、チャットUIに必要な基本的な部品が予め用意されており、これらを組み合わせるだけで、洗練された見た目のチャット画面を素早く構築することが可能だ。Vercel AI SDKと連携して動作するように設計されているため、両者を組み合わせることで、データのやり取りから画面表示までが一貫した設計でスムーズに開発を進められる。

3つ目は、チャットの対話履歴などを保存するためのデータベース「Vercel KV」である。KVとはKey-Valueの略で、「名前（Key）」と「中身（Value）」をペアにしてデータを保存する、非常にシンプルな構造のデータベースを指す。AIチャットでは、過去の会話履歴をAIに伝えることで、文脈を理解したより自然な応答を引き出すことができるため、対話履歴の保存は重要な機能だ。Vercel KVは、サーバーの構築や管理といった専門的な知識を必要としない「サーバーレス」という形態で提供されており、Web開発者が手軽に利用を開始できる点が大きな特徴である。また、内部的にはRedisという高速なデータベース技術を基盤としているため、データの読み書きが非常に速く、ユーザー体験を損なうことがない。開発者は簡単な設定を行うだけで、自分のアプリケーションに高速なデータベースを組み込み、ユーザーごとのチャット履歴を安全に保存・管理できるようになる。

これらの3つのツール、「Vercel AI SDK」、「AI Elements」、「Vercel KV」は、それぞれAIチャット開発における「通信」「表示」「データ保存」という異なる層の課題を解決する。これらを連携させて活用することで、AI特有の複雑な要件に対応しながらも、開発のスピードと品質を大幅に向上させることができる。システムエンジニアを目指す初心者にとっても、これらのツールはAIアプリケーション開発のハードルを下げ、モダンな開発手法を学ぶための優れた教材となるだろう。複雑な処理をツールに任せ、アプリケーションのアイデアを形にすることに集中できる環境は、これからのAI開発においてますます重要になっていく。