【ITニュース解説】“次のディナーもあるかもね” - Linus、Bill Gatesと「歴史的」初顔合わせ
ITニュース概要
Linuxの生みの親Linus TorvaldsとMicrosoftの共同創業者Bill Gatesが初めて顔を合わせた。Microsoft AzureのCTOが、両氏とDave Cutlerらとの集合写真を公開し、IT業界における歴史的な出会いとして注目を集めている。
ITニュース解説
2024年6月20日、IT業界の歴史を象徴する一枚の写真が公開され、世界中の技術者たちの間で大きな話題となった。MicrosoftのクラウドサービスであるAzureの最高技術責任者(CTO)、マーク・ルシノビッチ氏が自身のSNSに投稿したその写真には、Linuxの開発者であるリーナス・トーバルズ氏と、Microsoftの共同創業者であるビル・ゲイツ氏が、他の二人の伝説的なエンジニアと共に写っていた。この会合がなぜ「歴史的」とまで言われるのかを理解するためには、写真に写る人物たちの背景と、彼らが象徴してきたIT業界の大きな流れを知る必要がある。 まず、写真の中心にいる二人の人物について解説する。一人はリーナス・トーバルズ氏だ。彼は、今日の世界中のサーバーやクラウドコンピューティング、そしてAndroidスマートフォンの中核を担うオペレーティングシステム(OS)「Linux」の生みの親である。Linuxは「オープンソースソフトウェア」の代表格であり、その設計図であるソースコードが全世界に無償で公開されている。誰でも自由に利用、改変、再配布ができるこの仕組みは、多くの開発者コミュニティの協力によって成長を遂げ、現代のITインフラを支える存在となった。トーバルズ氏は、このオープンソースという文化を牽引してきた象徴的な人物である。 もう一人の中心人物は、ビル・ゲイツ氏だ。彼はMicrosoftを創業し、OS「Windows」によってパーソナルコンピュータの世界を築き上げた立役者である。かつてのMicrosoftは、自社で開発したソフトウェアのソースコードを公開せず、ライセンス販売によって利益を得る「プロプライエタリソフトウェア」のビジネスモデルで巨大企業へと成長した。そのため、無料でソースコードが公開されているLinuxやオープンソースの文化とは、ビジネスモデルも思想も全く異なる対極の存在と見なされてきた。 この写真には、さらに二人の重要な人物が写っている。一人はデイブ・カトラー氏だ。彼は、現在のWindowsの技術的な基盤となっている「Windows NT」の開発を主導した伝説的なエンジニアである。彼がいなければ、企業システムなどで求められる高い安定性やセキュリティを持つ現代のWindowsは存在しなかったと言っても過言ではない。そしてもう一人が、この写真を投稿したマーク・ルシノビッチ氏だ。彼はもともと、Windowsの内部構造を詳細に分析するためのツール群を開発・提供していた専門家として世界的に有名だった。その卓越した技術力が評価されMicrosoftに入社し、今では同社のクラウド事業の中核であるAzureのCTOという重責を担っている。 これら四人が一堂に会したことが「歴史的」と評される最大の理由は、かつてのMicrosoftとLinuxコミュニティとの間に存在した深い対立関係にある。2000年代初頭、当時のMicrosoftのCEOは、オープンソースのライセンス形態が自社の知的財産を脅かすものだと考え、Linuxを公の場で「癌」とまで表現した。これは、プロプライエタリなソフトウェアで市場を独占してきたMicrosoftにとって、オープンソースという存在がいかに脅威であったかを示す象徴的な出来事だった。WindowsとLinuxは、決して交わることのない二つの世界であり、それぞれの開発を率いてきたゲイツ氏とトーバルズ氏が和やかに同じテーブルにつくなど、当時は誰も想像できなかった。 しかし、IT業界の状況は時代と共に大きく変化した。特にクラウドコンピューティングの台頭は、この関係性を劇的に変えるきっかけとなった。世界中の企業や開発者が、自社のサーバーを所有するのではなく、必要な時に必要なだけ計算能力やストレージを借りられるクラウドサービスを利用するようになった。このクラウドの世界では、顧客がどのようなOSやソフトウェアを使いたいかという選択肢を幅広く提供することが、サービス提供者にとって極めて重要になる。Microsoftも自社のクラウドサービスAzureを成長させるために、Windowsだけでなく、世界中のサーバーで圧倒的なシェアを持つLinuxを無視することはできなくなった。 現在、Azure上で稼働している仮想マシンの半数以上はLinuxであり、MicrosoftはLinux Foundationのプラチナメンバーになるなど、オープンソースコミュニティへの貢献を積極的に行っている。かつては脅威と見なしていたLinuxを、今や自社の重要なビジネスを支えるパートナーとして全面的に受け入れているのだ。今回の会合は、このようなMicrosoftの劇的な方針転換と、かつて敵対していた二つの文化が融合し、協力し合う時代が訪れたことを明確に示す象徴的な出来事と言える。トーバルズ氏が会合後に「次のディナーもあるかもね」と語ったとされることも、この関係が一度きりのものではなく、今後も続いていくことを示唆している。 この歴史的な一枚の写真は、システムエンジニアを目指す人々にとっても重要なメッセージを含んでいる。それは、特定の技術や企業、思想に固執するのではなく、常にオープンな視点を持ち、変化に対応し続けることの重要性だ。クラウドが当たり前になった現代において、Windowsの知識とLinuxの知識は、どちらか一方ではなく両方が求められる場面が増えている。かつての常識が覆され、昨日までのライバルが今日のパートナーになることも珍しくないのがIT業界である。この一枚の写真は、技術の進化が業界の構造や文化そのものを変えていくダイナミズムを、雄弁に物語っている。