【ITニュース解説】Don't Run it Twice: Mastering Idempotency in Production LangGraph Agents
2025年09月10日に「Dev.to」が公開したITニュース「Don't Run it Twice: Mastering Idempotency in Production LangGraph Agents」について初心者にもわかりやすく解説しています。
ITニュース概要
「べき等性」とは、複数回実行しても結果が同じになる操作だ。AIエージェントなどでAPI呼び出し失敗時に安易に再実行すると、重複処理や二重課金が生じる。これを防ぎシステムを信頼性高く動かすには、一意の「べき等性キー」とRedisなどの共有状態管理で、処理が一度だけ実行されるよう実装することが不可欠だ。
ITニュース解説
システム開発において、信頼性の高いアプリケーションを構築することは非常に重要だ。特に、AIエージェントのように複数のステップを踏んで外部サービスと連携するシステムでは、予期せぬエラーやネットワークの瞬断によって処理が中断されることが避けられない。このような状況で、同じ操作を複数回実行しても問題なく、常に正しい結果が得られるようにする考え方が「べき等性(Idempotency)」である。これは、まるで縁の下の力持ちのようにシステムの信頼性を支える、本番環境でAIエージェントを運用するために欠かせない要素である。
べき等性とは、ある操作を1回実行しても、10回実行しても、あるいはそれ以上実行しても、最終的な結果が同じになる性質を指す。身近な例で考えるとわかりやすい。例えば、部屋の電灯を「ON」にするという操作がある。この命令を1回送っても、10回送っても、電灯は「ON」の状態になる。これがべき等な操作だ。しかし、システムで行われる多くの操作は、本来はべき等ではないことが多い。例えば、飛行機の座席を予約する、顧客に料金を請求する、または通知を送信するといった操作は、通常、1回実行するとその効果が生まれる。これを誤って複数回実行してしまうと、同じ座席を二重に予約したり、顧客に二重に請求したり、同じ通知を何度も送ってしまったりと、重複データや顧客の不満といった深刻な問題を引き起こす可能性がある。
AIエージェントがLangGraphのようなフレームワークを使って複数のステップからなる複雑な処理(ワークフロー)を実行する場合、途中のどのステップでも失敗する可能性がある。もし、失敗したステップを何も考えずに単純に再試行してしまうと、上述のような非べき等な操作が重複して実行され、取り返しのつかない事態につながる恐れがあるのだ。
この問題を解決するために、べき等キーという仕組みが広く使われる。これは、LangGraphのエージェント(クライアント側)が外部のAPI(サーバー側)と連携する際に、「この操作はこれこれのユニークなキーを持つものだ」という一種の契約を結ぶ方法である。具体的には、まずクライアント側で、その操作を一意に識別するための特別なキー(べき等キー)を生成する。このキーは、その操作が開始される前、つまり最初の試行が始まる前に作られるのが重要だ。そして、クライアントはこのべき等キーを、APIへのリクエストに毎回含めて送信する(通常はHTTPヘッダーに含める)。サーバー側では、このべき等キーを記録しておき、受け取ったリクエストのべき等キーが過去に処理したものと同じかどうかを確認する。もし新しいキーであれば、サーバーはその操作を初めて実行し、結果を保存する。もし同じキーがすでに処理済みであれば、サーバーは実際の操作をスキップし、以前に保存した結果をただ返すだけで済ませる。この仕組みによって、クライアントが何度再試行を繰り返しても、サーバー側のロジックは必ず一度しか実行されないことが保証される。
LangGraphでこのパターンを実装するには、まずワークフローの状態を管理する「Graph State」に、このべき等キーを保存するフィールドを追加する必要がある。これにより、たとえノードの処理が途中で失敗し再試行されたとしても、同じべき等キーを使って処理を再開できる。次に、LangGraphのノードとして、べき等キーを生成するノードと、そのキーを使って実際に処理を実行するノードを用意する。例えば、フライト予約の例では、「予約キーを生成するノード」がユニークなキーを作り、それをGraph Stateに保存する。「フライトを予約するノード」は、この保存されたキーを読み出して予約APIに渡し、もし失敗してもtenacityのようなライブラリを使って何度も再試行できる。この一連の流れをLangGraphのグラフとして組み立て、実行することで、例え予約処理が途中でエラーになっても、重複予約を防ぎながら確実に予約を完了させられるようになる。
しかし、このパターンは単一のプロセスで動くアプリケーションには有効だが、複数のサーバー(ワーカー)が同時に動作する、いわゆる並行処理の環境では新たな問題が生じる可能性がある。例えば、Kubernetesのような環境でアプリケーションが複数複製されて動いている場合、2つのワーカーが同時に同じ予約タスクを再試行しようとすることが考えられる。このとき、どちらのワーカーも「自分は初めてこの操作を実行する」と判断してしまうと、再び重複処理が発生してしまう。これを「競合状態(Race Condition)」と呼び、べき等性の保証が破られてしまうのだ。
この難しい問題を解決するには、複数のワーカー間で共有され、かつ「アトミックな操作」(他の処理に邪魔されずに、一連の処理が完全に完了するか、全く実行されないかのどちらかになる保証された操作)をサポートする永続的な状態管理システムが必要となる。その代表的な例がRedisのようなキーバリューストアだ。
Redisを活用する「請求書チェック(Claim Check)パターン」は、この並行処理の課題を克服する。このパターンでは、まずべき等キーが「決定的(Deterministic)」であることが重要だ。つまり、フライトの詳細情報(日付、便名、乗客名など)から計算されるハッシュ値のように、どのワーカーが同じ情報に基づいてキーを生成しても、常に同じキーが生成される必要がある。そして、実際の操作を行う前に、ワーカーはRedisに対して「このべき等キーで、この操作を実行する権利を主張する(Claimする)」という試みを行う。これにはRedisのSET ... NXコマンドが非常に有効だ。NXオプションは「指定されたキーがまだ存在しない場合にのみ、そのキーを設定する」という意味を持つ。つまり、最初にSET ... NXを成功させたワーカーだけが、そのキーに対する「ロック」を獲得し、予約処理を進める権利を得る。他のワーカーが同じキーでSET ... NXを試みても失敗するため、すでに処理が進められていることを知り、予約処理をスキップしたり、待機したりする判断ができるようになる。LangGraphの永続的なチェックポインター(例えばRedisSaver)は、グラフの状態を共有ストアに保存するため、このロック機構を実装する基盤としても非常に適している。
まとめると、べき等性をマスターするためには、いくつかの重要なポイントがある。一つ目は、データベースへの書き込みや決済処理など、外部に影響を及ぼす可能性のあるクリティカルなアクションを特定すること。二つ目は、そのアクションが実行される前に、一意なべき等キーを生成し、それをグラフの状態に保存すること。三つ目は、本番環境での本格的なワークロードには、RedisSaverやSQLiteSaverといった永続的なチェックポインターを必ず利用すること。これはシステムの復元性(レジリエンス)の基礎となる。四つ目は、複数のワーカーが同時に動く並行処理環境では、RedisのSET NXのような分散ロックメカニズムを使った「請求書チェックパターン」を採用し、競合状態を防ぐこと。そして最後に、べき等キーの生成、再試行の状況、ロックのステータスなど、システム内部の動きを詳細にログに記録することだ。これらのログは、もし問題が発生したときに原因を特定し、デバッグを行う上で非常に貴重な情報となる。
これらの原則を理解し、実践することで、単なる素晴らしいプロトタイプだったLangGraphのAIエージェントを、予期せぬエラーにも強く、重複処理の心配がない、堅牢で信頼性の高い本番環境レベルのアプリケーションへと進化させることができるだろう。信頼性の高いシステムを構築することは、ユーザーからの信頼を得る上で不可欠であり、システムエンジニアとして目指すべき重要なスキルの一つである。