PHS(ピーエイチエス)とは | 意味や読み方など丁寧でわかりやすい用語解説
PHS(ピーエイチエス)の意味や読み方など、初心者にもわかりやすいように丁寧に解説しています。
読み方
日本語表記
ポケットベル (ポケットベル)
英語表記
PHS (ピーエイチエス)
用語解説
PHSとは、Personal Handy-phone Systemの略称であり、主に日本で普及したデジタルコードレス電話システムである。1990年代半ばにサービスが開始され、携帯電話とは異なる特徴を持つ移動体通信サービスとして広く利用された。システムエンジニアを目指す上では、モバイル通信技術の多様性と進化を理解する上で重要な事例の一つと言える。
PHSは、当初から音声通話と低速データ通信を主な目的として設計された。携帯電話が広域をカバーする大規模なセル構造を持つのに対し、PHSは数メートルから数百メートル程度の狭い範囲をカバーするマイクロセル構造を採用していた点が最大の特徴である。これにより、PHSは基地局の出力を抑え、端末の消費電力を低く保つことができた。この低消費電力は、端末の小型化や長時間バッテリー駆動に貢献し、利用者に利便性を提供した。また、基地局の設置コストも比較的低廉であったため、サービス提供側にとっても導入しやすい側面があった。
PHSの技術的な詳細に目を向ける。PHSは1.9GHz帯の周波数を利用し、TDMA-TDD(時分割多重アクセス-時分割複信)方式を採用していた。TDMA-TDD方式では、一つの周波数帯を時間で区切り、複数のユーザーが交代で利用することで通信を可能にする。この方式は、少ない周波数資源で多くのユーザーを収容できるメリットがある。また、TDMA-TDDは上り(端末から基地局へ)と下り(基地局から端末へ)の通信に同じ周波数帯を時間的に分けて利用するため、フレキシブルな通信帯域の割り当てが可能であった。
PHSの最大の特徴であるマイクロセル構造は、メリットとデメリットの両面を生み出した。メリットとしては、電波の出力が低いため、電磁波の人体への影響が少ないとされ、特に病院内での使用において、医療機器への干渉リスクが低いと評価された。実際に、多くの病院でPHSは内線電話の代替や医師・看護師間の連絡手段として広く普及した。また、電波が障害物に回り込みやすい特性があり、屋内や地下での接続安定性が比較的良好であった。音質もデジタル方式のためクリアであった。
一方、マイクロセル構造はデメリットも伴った。基地局のカバー範囲が狭いため、広範囲を移動する際には頻繁に基地局を切り替える「ハンドオーバー」という処理が必要となる。PHSのハンドオーバーは携帯電話に比べて低速移動を前提として設計されており、自動車や電車内のような高速移動中には通信が途切れやすいという弱点があった。これは、PHSが主に歩行中や静止状態での利用、あるいはオフィスや家庭内での利用を想定していたためである。そのため、長距離移動が多いユーザーには携帯電話が選ばれる傾向にあった。
データ通信においては、PHSは当初は数キロビット毎秒(kbps)と低速であったが、PHS Internet Access Forum Standard(PIAFS)などの技術導入により、最大で64kbps、さらに高度な技術では384kbpsといった高速化も試みられた。これは、モバイルインターネットが普及し始めた時期において、ノートパソコンと接続して外出先からインターネットにアクセスする手段として一定の役割を果たした。しかし、携帯電話が3G、そしてLTEへと進化するにつれてデータ通信速度でPHSを圧倒するようになり、PHSのデータ通信としての優位性は急速に失われていった。
PHSの歴史を振り返ると、1990年代中盤にNTTパーソナル、DDIポケット(後のウィルコム、ワイモバイル)、アステルなど複数の事業者から公衆サービスが開始された。特に公衆電話の代替としての位置づけや、月額料金が携帯電話よりも安価であったことから、学生やビジネスパーソンにも広く利用された。しかし、携帯電話の小型化、多機能化、そして料金の低廉化が進むにつれて、PHSの市場シェアは徐々に縮小していった。2000年代に入ると、ウィルコムがPHSの高速データ通信化や定額制サービスで健闘したが、スマートフォンが登場し、携帯電話がインターネット接続の中心となると、PHSの独自性は薄れていった。
最終的に、国内の公衆PHSサービスは2020年7月末に完全に終了した。これは、PHSが技術的、経済的に携帯電話サービスとの競争に打ち勝つことが難しくなったためである。しかし、PHSの技術や概念は、その後の無線通信技術に影響を与えている。例えば、低出力で多数の小型基地局を配置するという考え方は、Wi-Fiアクセスポイントや、5Gにおける「スモールセル」技術に通じる部分がある。また、医療現場での低電磁波通信のニーズは、PHSの役割を終えた後もDECT(Digital Enhanced Cordless Telecommunications)のような類似技術が引き継いでいる。
PHSは、日本独自の進化を遂げた移動体通信システムとして、移動体通信の黎明期から発展期において重要な役割を果たした。その技術的特徴、メリット、デメリットを理解することは、将来のシステムエンジニアが様々な通信技術の特性を比較検討し、適切なシステム設計を行う上での基礎知識となる。PHSの経験は、特定のニーズに応える技術がどのように生まれ、そして技術進化の波の中でどのように変遷していくのかを示す貴重な事例である。