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【ITニュース解説】Spotify Lossless is an inconvenient improvement

2025年09月14日に「The Verge」が公開したITニュース「Spotify Lossless is an inconvenient improvement」について初心者にもわかりやすく解説しています。

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ITニュース概要

Spotifyのロスレスオーディオは高音質だが、ワイヤレスイヤホンやBluetoothスピーカーなど通常の環境では、既存の320Kbpsと音質の差を感じにくい。多くのユーザーにとって「不便な改善」となる。

ITニュース解説

Spotifyが導入したロスレスオーディオ機能は、技術的な進化の一方で、多くのユーザーにとってはその恩恵を感じにくい「不便な改善」と評されている。この背景には、オーディオ技術と日常的なリスニング環境との間に存在するギャップがある。システムエンジニアを目指す上で、このような技術導入がユーザーにどのように受け止められるかを理解することは非常に重要だ。

まず、「ロスレスオーディオ」とは何かを理解する必要がある。一般的な音楽ファイルやストリーミングサービスで用いられるMP3やAACなどの形式は「非可逆圧縮」(ロッシー圧縮)と呼ばれる。これは、人間の耳にはほとんど聞こえないとされる高周波数帯域や微小な音の情報を間引いてデータを圧縮し、ファイルサイズを小さくする方法だ。これにより、インターネット経由での高速な配信や、スマートフォンのストレージ容量を節約できるメリットがある。Spotifyの高品質ストリームである320Kbpsもこの非可逆圧縮の一種で、多くの人にとって十分な高音質を提供している。

一方、ロスレスオーディオは、音源の情報を一切間引かずに圧縮する方式を指す。例えばFLAC(Free Lossless Audio Codec)がその代表例で、データサイズは非可逆圧縮よりも大きくなるものの、元の音源が持つ全ての情報が保たれるため、理論上は原音に最も忠実な音質が再現できる。CD音質と同等かそれ以上の情報量を持つことが一般的だ。

では、なぜこの技術的に優れたロスレスオーディオが「不便な改善」と呼ばれるのか。その理由は、現在の多くのユーザーが音楽を聴く環境にある。

多くの人々は、ワイヤレスイヤホンやBluetoothスピーカー、あるいはスマートフォンの内蔵スピーカーから直接音楽を聴いている。これらの環境では、ロスレスオーディオの真価を発揮することが非常に難しい。

第一に、Bluetooth接続の技術的な制約が挙げられる。Bluetoothは無線通信の規格であり、その帯域幅(一度に送れるデータ量)には限りがある。ロスレスオーディオは非可逆圧縮に比べてはるかにデータ量が多いため、Bluetoothの限られた帯域で元のロスレス品質のまま伝送しきれないことが多いのだ。たとえLDACやaptX HDといった高音質を謳うBluetoothコーデック(音声を圧縮・伸張する方式)が使われたとしても、完全にロスレスの情報を損なわずに伝送することは難しく、結局は再圧縮されたり、ロスレスのメリットを享受できるほどではない情報量に制限されたりするケースが多い。結果として、320Kbpsの非可逆圧縮ストリームと体感上の音質差がほとんどなくなる。

第二に、再生機器の性能が関係する。一般的なワイヤレスイヤホンやスマートフォンの内蔵スピーカーは、利便性や携帯性を重視して設計されており、オーディオマニアが使うような高解像度な音を再現する能力は持っていないことが多い。これらの機器では、ロスレスオーディオに含まれる微細な音のニュアンスや広いダイナミックレンジ(音の大小の幅)を正確に描き出すことが難しく、やはり320Kbpsの音源との違いを聞き分けられない。まるで、高性能な4K映像コンテンツを古いアナログテレビで視聴するようなものだと言える。

第三に、人間の聴覚の限界も影響する。多くの人の聴覚では、320Kbps程度の非可逆圧縮とロスレスオーディオの音質差を、静かな環境で集中して聞き比べない限り、明確に区別することは非常に難しい。特に、移動中や作業中のBGMとして音楽を聴くような日常的な利用シーンでは、その差はほとんど意識されないだろう。

これらの理由から、Spotifyが提供するロスレスオーディオは、膨大なデータを消費し(通信量が増える)、専用の機器が必要になる(追加コストがかかる)という「不便さ」があるにもかかわらず、多くのユーザーにとってはその「改善」が実感できないという状況が生まれる。

では、ロスレスオーディオのメリットを最大限に享受するためにはどうすればよいのだろうか。それは、高音質な有線接続のヘッドホンやイヤホン、デジタル信号をアナログ信号に変換する高性能なD/Aコンバーター(DAC)、そしてヘッドホンアンプといったオーディオ機器を組み合わせ、静かで集中できるリスニング環境で聴くことだ。これらの環境を整えることで初めて、ロスレスオーディオの持つ情報量の豊かさや原音への忠実さを体感できる可能性が出てくる。

このSpotifyの事例は、システムエンジニアを目指す上で重要な教訓を含んでいる。それは、どんなに優れた技術や機能であっても、それがユーザーの現在の利用環境やニーズに合致していなければ、期待通りの価値を提供できないということだ。技術的な「改善」が必ずしもユーザー体験の「改善」に直結するわけではない。新しい技術を導入する際には、その技術が提供する真の価値を最大限に引き出すためのユーザー側の準備や環境、そしてそれにかかるコストと、ユーザーが実際に得られるメリットとのバランスを慎重に検討する必要がある。単に高性能な機能を提供するだけでなく、それがどの層のユーザーに、どのような形で、どれだけの価値をもたらすのかを深く考察することが、成功するシステムやサービスを開発する上で不可欠だ。

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