LDAC(エルディーエーシー)とは | 意味や読み方など丁寧でわかりやすい用語解説
LDAC(エルディーエーシー)の意味や読み方など、初心者にもわかりやすいように丁寧に解説しています。
読み方
日本語表記
エルディーエーシー (エルディーエーシー)
英語表記
LDAC (エルディーエーシー)
用語解説
LDACは、ソニーが開発した音声圧縮技術、すなわちオーディオコーデックの一種である。主にBluetoothを用いたワイヤレスオーディオ伝送で利用される。その最大の特徴は、従来のBluetoothオーディオ技術では困難であった、高品質なハイレゾリューション・オーディオ(ハイレゾ音源)の伝送を可能にした点にある。Bluetoothは規格上、通信できるデータ量(帯域幅)に限りがあるため、音声データをそのまま送ることはできず、一度データを圧縮してから送信し、受信側で元に戻すという処理が必要となる。この圧縮と伸張を行うプログラムがコーデックであり、その性能がワイヤレス再生時の音質を大きく左右する。LDACは、日本オーディオ協会が定める「ハイレゾオーディオワイヤレス」ロゴの認証を受けた最初の技術であり、ワイヤレス環境でも高音質を求めるユーザーにとって重要な選択肢となっている。従来の標準的なコーデックであるSBCや、iPhoneなどで広く採用されているAAC、クアルコムが開発したaptXなどと比較して、LDACは一度に伝送できるデータ量が格段に多く、これにより音源が持つ情報を可能な限り損なうことなく伝送することを目指している。
LDACの技術的な核心は、通信環境に応じて伝送レートを動的に変更する可変ビットレート方式を採用している点にある。ビットレートとは、1秒間に送受信できるデータ量のことで、この数値が大きいほど、より多くの情報を伝えられるため高音質となる。LDACは、音質を最優先する「音質優先モード(990kbps)」、音質と接続の安定性のバランスを取った「標準モード(660kbps)」、そして電波が混雑する場所などでの音切れを防ぐことを目的とした「接続優先モード(330kbps)」の三段階のビットレートを、周囲の電波状況に応じて自動で、あるいはユーザーが手動で選択できるようになっている。特に最高音質である990kbpsは、標準的なコーデックであるSBCの最大ビットレート(約328kbps)の約3倍に相当する情報量を伝送できる。この圧倒的なデータ伝送能力により、例えばCDスペック(44.1kHz/16bit)を大きく上回るハイレゾ音源(最大96kHz/24bit)を、ダウンコンバートすることなく、あるいはごくわずかな可逆圧縮を伴うだけで伝送することが可能となる。これにより、アーティストがスタジオで意図したサウンドの細やかなニュアンスや空気感まで、ワイヤレスでありながら忠実に再現することが期待できる。330kbpsのモードにおいても、LDACは効率的な圧縮アルゴリズムを用いることで、同程度のビットレートであるSBCと比較して高い音質を維持するとされている。この適応性の高さが、様々な環境下で最適なリスニング体験を提供するLDACの強みである。
LDACを利用するためには、音声データを送信する側のデバイス(スマートフォン、デジタルオーディオプレーヤーなど)と、受信する側のデバイス(ワイヤレスヘッドホン、イヤホン、スピーカーなど)の両方がLDACに対応している必要がある。どちらか一方だけが対応していても、LDACでの接続は確立されず、両デバイスが共通して対応する他のコーデック(SBCなど)で接続されることになる。幸いなことに、Android OSにおいてはバージョン8.0(Oreo)以降、LDACが標準コーデックの一つとしてシステムに統合された。これにより、ソニー製以外の多くのAndroidスマートフォンでもLDACを利用することが可能となり、普及が大きく進んだ。ただし、Apple社のiOSデバイス(iPhoneやiPad)はLDACに対応しておらず、AACが最高音質のコーデックとなる。LDAC対応デバイス同士を接続した場合、通常は自動的にLDACが選択されるが、スマートフォンの「開発者向けオプション」などの設定メニューから、使用するコーデックやビットレートモード(音質優先/標準/接続優先)を明示的に指定できる場合もある。
システムエンジニアを目指す者にとって、LDACは限られた無線通信の帯域という制約の中で、いかにして高品質なデータを効率的に、かつ安定して伝送するかという情報技術の根源的な課題に対する一つの洗練された解答例として捉えることができる。通信状況に応じて品質と安定性のトレードオフを動的に調整する可変ビットレートの仕組みは、ネットワークにおけるQoS(Quality of Service)制御の概念とも通じるものがある。これは、単にデータを送るだけでなく、そのデータの内容や利用状況に応じて最適な伝送方法を選択するという、より高度な通信制御技術の一例である。また、Bluetoothという汎用的な無線通信規格の上で、コーデックというソフトウェアの力によって伝送品質を劇的に向上させている点は、ハードウェアの物理的な制約をソフトウェア技術でいかに克服するかという、エンジニアリングにおける重要なアプローチを示唆している。今後、音声データに限らず、映像やセンサーデータなど、様々な種類の高品質なデータをリアルタイムで無線伝送する需要は増大していく。その中で、LDACが持つような高効率で適応的なデータ圧縮・伝送技術は、多様な分野で応用される可能性を秘めた重要な基盤技術と言えるだろう。