【ITニュース解説】I got rejected for using AI in an interview. Then I watched the interviewer do it.
2026年09月19日に「Dev.to」が公開したITニュース「I got rejected for using AI in an interview. Then I watched the interviewer do it.」について初心者にもわかりやすく解説しています。
ITニュース概要
面接でAIツールの使用を理由に不合格になったが、面接官もAIを使っていた。筆者は、AI活用が当たり前の時代に必要なのは、AIの出力を正しく判断する能力だと主張。AI使用を隠させる面接は、本当に見るべきスキルを評価していないと訴える。
ITニュース解説
あるエンジニアが、採用面接のライブコーディングでAIツールを活用したところ、その使用を理由に不合格となった。しかし、彼は面接中に、面接官自身も同様にAIツールを使っていたと確信した。この出来事を通じて、現代のソフトウェア開発と採用活動におけるAIの役割、そしてエンジニアに本当に求められるスキルについて深く考察している。
面接は一般的なライブコーディング形式で、画面共有とカメラをオンにして行われた。問題は、ごちゃごちゃした入力データを解析し、構造化された形に変換するという中程度の難易度で、筆者が普段の仕事で日常的に行っている内容だった。筆者は問題を細かく分解し、主要なロジックは自身で記述しつつ、定型的なコード(ボイラープレート)の生成にはAIアシスタントを利用した。この際、「アシスタントにこの部分を生成させて、実際に問題が発生しやすいエッジケースに集中する」と、自身のAI活用方法を隠すことなく明言した。この正直さが、皮肉にも不合格の要因になったようだ。
面接官は筆者のAI使用に気づくと、それまでとは違う、不穏な沈黙に包まれたという。筆者自身はその瞬間には気づかなかったが、後になってその沈黙が持つ意味を理解した。決定的なのは、面接官が時間計算量に関する追加質問をした時のことだ。面接官の目は一瞬画面のどこかに固定され、その後の回答は、まるで生成された文章を読み上げたかのように、きれいに構造化されすぎていた。筆者は日頃からAIツールを使い慣れているため、AIが生成した回答を読んでいる人の様子を熟知しており、面接官も同様の行動を取っていたと確信した。つまり、面接官は筆者をAI使用で評価しながら、自身もAIに頼っていたのである。
筆者を深く失望させたのは、面接官の偽善そのものではなかった。本当に衝撃的だったのは、「AIを使うな」というルールは存在せず、本当のルールは「AIを使っているのを見せるな」だったと気づいたことだ。企業は、エンジニアに2019年以前のような、AIツールを使わない姿を演じることを求めているようだった。誰もがAIを使っている時代に、その使用を隠蔽することを強いる採用プロセスは、実際にコードを書く能力がない人間ではなく、自分の仕事のやり方について正直な人間を不合格にしている、と筆者は指摘する。
企業が想定していたテストは、「AIなしで問題を解決できるか」というものだった。しかし筆者は、そのような仕事は現代にはもう存在しないと主張する。面接官でさえ、追加質問にAIなしでは答えられなかった。本当に意味のあるテストは、「AIを与え、その出力が誤っている時に見抜けるか」という逆の問いかけだという。筆者は以前、30日間AIにコードを100%書かせる実験を行い、実際に製品をリリースした経験がある。この時、製品を出荷可能にしたのはAIの能力だけではなく、AIが提示したもっともらしいコードに対して「これは違う」と判断し、修正できた人間の判断力だった。
面接では、筆者がAIに定型コードを生成させる前に、問題のフレームワークに潜在する重要なバグ(ack-before-persist:データ永続化前に確認応答してしまうと、再試行時に二重に処理される可能性がある問題)について指摘していた。これはAIではなく、長年の実務経験で高価な教訓として得た「判断力」の産物であり、本来であれば面接全体を価値あるものにするような洞察だった。しかし面接官は、筆者が自動補完機能を使ったという事実だけを記録し、この重要な指摘については掘り下げなかった。
この経験は、プログラミングという言葉の中に隠された二つの異なるスキル、「記憶(Recall)」と「判断(Judgment)」の分離を浮き彫りにした。シンタックス、API、コマンドの順序などを記憶する「記憶」は、AIによってほとんど意味をなさなくなった。2026年にこのスキルをテストするのは、まるで美しい文字を書けるかをテストするようなものだ。一方、「判断」とは、何を構築すべきか、何を信用すべきでないか、予測不能な状況で何が起こるかを理解する能力を指す。これはAIが提供できるものではなく、AIが生成したコードの誤りを見抜くことでしか証明できない。AIの使用を罰する面接は「記憶」を測り、それを「能力」と呼んでいるに過ぎない。本当に価値のある面接は、AIの使用を前提とし、その出力に対する「判断」能力を測るべきなのだ。
この一連の経験は、筆者のAIシステム構築哲学を明確にした。筆者はAIの使用をやめるつもりはない。AIは依然として100%のコードを生成している。なぜなら、コードを「書く」こと自体は最も難しい部分ではなかったからだ。面接での失敗は、ツールを使う能力と、その出力の正しさを判断する能力とを区別できないプロセスにあった。そのため、判断力を試す代わりに、ツールの使用を隠すことを最適化してしまったのだ。筆者は、コードを書くAIと、そのコードを承認するAIを分離させることで、この問題を解決しようとしている。コードを生成する「作者エージェント」と、それを批判的に評価する「懐疑者エージェント」、そして最終的に人間がマージを判断するプロセスを構築している。AIの役割は隠されず、盲目的に信頼されることもない。人間がその出力を判断できるよう、明示的にされるのだ。面接官と筆者は両方AIを使っていた。唯一採用に値する違いは、AIを使っていることを正直に認め、その出力を適切に判断する鋭さを持っているかどうかだと筆者は結論づけている。