【ITニュース解説】Who can get a COVID vaccine—and how? It’s complicated.

大規模な社会インフラとして新型コロナウイルスのワクチン接種が展開される際、その成否は医療体制だけでなく、背後で動く情報システムに大きく依存する。多くの人が直面した「誰が、いつ、どこでワクチンを接種できるのか分かりにくい」という問題の本質は、個別のシステムが連携なく乱立し、全体として機能不全に陥った「パッチワークシステム」と呼ばれる状態に起因する。この状況は、システム開発における様々な課題を浮き彫りにするものである。

この問題の核心は、国や自治体、医療機関といった異なる組織が、それぞれ独立した思想と技術で予約管理や接種者管理のシステムを開発・導入したことにある。本来であれば、こうした国家規模のプロジェクトでは、最初に全体を統括する共通のプラットフォームやデータ連携の標準仕様を設計し、各組織がそのルールに則ってシステムを構築すべきであった。しかし、緊急性の高い状況下では、各組織が目の前の課題を解決するために、個別に最適なソリューションを急いで導入する動きが優先された。その結果、A市ではオンライン予約システムが稼働している一方で、B町では電話予約のみ、C病院では独自のアプリを導入するといった、つぎはぎだらけの状況が生まれた。これが「パッチワークシステム」の実態である。

このようなシステム群は、深刻なデータ分断、すなわち「データのサイロ化」を引き起こす。各システムは自身の内部にしかデータを持たないため、地域全体で「どこにどれだけのワクチン在庫があるか」「誰が既に接種を終えたか」「予約の空き状況はどうか」といった情報を横断的に把握することが極めて困難になる。利用者は複数の予約サイトを渡り歩き、その都度個人情報を入力しなければならない。一方で、管理者側は正確な需給予測ができず、ワクチンが余る地域と不足する地域が同時に発生するといった非効率な事態を招く。これは、システム間のAPI連携などが設計段階で考慮されていなかったために起こる典型的な問題である。理想的なシステムでは、各システムが標準化された形式でデータを交換し合うことで、利用者も管理者も全体を俯瞰した上で最適な行動を選択できるはずであった。

さらに、ワクチン接種のルール、すなわちシステムの要件が頻繁に変更されたことも、現場の混乱に拍車をかけた。接種の優先順位は、当初の医療従事者や高齢者から、基礎疾患の有無、職種、年齢層へと段階的に拡大・変更されていった。システムは、こうしたビジネスロジックの変更に迅速かつ柔軟に対応できなければならない。しかし、一度完成したシステム、特に硬直的な設計で作られたシステムにとって、ロジックの変更は大規模な改修を伴う困難な作業となる。ルールの変更のたびにプログラムを修正し、テストを繰り返す必要があり、その間にも予約業務は止まらない。このような状況は、変化に強いシステム設計の重要性を示唆している。

また、多くの人が経験したであろう予約開始時刻直後のサーバーダウンは、インフラ設計におけるスケーラビリティの問題を明確に示した。特定の瞬間に膨大なアクセスが集中することは事前に予測可能であったにもかかわらず、多くのシステムはその負荷に耐えうる設計になっていなかった。クラウド技術を活用してアクセス数に応じてサーバーの能力を自動的に増減させる「オートスケーリング」のような仕組みを導入していれば、こうした事態は避けられた可能性が高い。加えて、利用者にとって分かりにくいユーザーインターフェース（UI）や、煩雑な操作を要求するユーザー体験（UX）も問題であった。優れたシステムとは、単に技術的に動作するだけでなく、全ての利用者が迷うことなく目的を達成できるものでなければならない。

この一連の混乱は、社会基盤を支えるシステムの開発が、単一の技術課題の解決ではなく、多様な組織間の合意形成、変動する要件への追随、膨大なトラフィックへの対応、そして何よりも利用者視点に立った設計が求められる、極めて複雑なプロジェクトであることを示している。システムエンジニアを目指す者にとって、この事例は、技術力だけでなく、プロジェクト全体を俯瞰し、異なる要素を連携させて一つの大きな目的を達成するための設計思想がいかに重要であるかを学ぶための貴重な教訓となるだろう。