【ITニュース解説】How a small South American country built the blueprint for modern data-driven governance, and why…

1970年代初頭、南米の小さな国チリで、国家全体の経済をリアルタイムで管理し、最適化しようとする野心的な試みが進められていた。そのプロジェクトの名は「プロジェクト・サイバーシン」。この試みは、現代のデータ駆動型社会やデジタルツインの概念を半世紀も先取りしていた、驚くべき真実の物語である。

当時のチリは社会主義政権下にあった。政府は、中央計画経済の抱える問題を解決し、資源を効率的に配分し、生産性を向上させる方法を模索していた。彼らが目指したのは、国全体を一つの巨大な生体システムのように捉え、その「デジタル神経系」を構築することだった。これは、国の隅々からリアルタイムで情報を収集し、分析し、それに基づいて迅速に意思決定を行うためのシステムである。

このプロジェクトの根底にあったのは、サイバネティクスという学問分野の思想だ。サイバネティクスは、機械や生物、社会における情報の伝達、制御、コミュニケーションの仕組みを研究する。特に、イギリスのシステム理論家スタッフォード・ビアが提唱した「実行可能なシステムモデル（Viable System Model, VSM）」が大きな影響を与えた。このモデルは、複雑な組織がどのように自律的に機能し、環境に適応していくかを説明するもので、プロジェクト・サイバーシンはこれを国家規模で応用しようと試みたのだ。

プロジェクト・サイバーシンは、いくつかの主要な要素で構成されていた。第一に、全国の工場や企業から生産量、在庫、物流などのデータを収集するためのネットワークがあった。これは「テレタイプ・ネットワーク」と呼ばれ、当時の限られた通信技術を用いて、各地に設置されたテレタイプ端末からデータを中央に送信する仕組みだった。想像してみてほしい。電話回線と同程度の低速な回線で、国中の膨大なデータを集めようとしたのである。

次に、収集されたデータを処理・分析する「サイバーネット」と呼ばれる中央コンピューターシステムがあった。当時はまだコンピューターが非常に高価で大型だった時代に、彼らはIBM System/360というメインフレームコンピューターを導入し、このデジタル神経系の頭脳として活用した。このシステムは、国全体の経済状況を数値化し、異常を検知したり、将来の傾向を予測したりする役割を担った。

そして、最も特徴的で先進的だったのが、「オプスルーム（Operations Room）」と呼ばれる意思決定支援施設だ。これは、政府の幹部や経済学者が集まり、リアルタイムで表示される経済データを分析し、議論し、意思決定を行うための特別な部屋だった。現代の最新鋭のコントロールセンターを思わせるような、未来的なデザインが採用されており、情報が壁に投影され、インタラクティブに操作できる機能も備わっていたという。これは、複雑なデータを人間が直感的に理解し、共同で問題解決にあたるための、初期のユーザーインターフェース設計の試みと言えるだろう。

さらに、プロジェクトの構想には、市民が政府に直接意見を伝え、フィードバックできる「サイバーフォーク」というシステムも含まれていた。これは実現には至らなかったが、現代のe-ガバナンスや市民参加型の政治の原型とも言えるアイデアであり、情報の双方向性を重視する先進的な考え方があったことがわかる。

しかし、この壮大なプロジェクトは、当時の技術的な限界と政治的な激動に直面した。前述のように、通信速度は極めて遅く、コンピューターの処理能力も現代とは比較にならないほど低かった。リアルタイムでのデータ収集と分析は、文字通り手探りの状態であり、多くの困難を伴った。データの正確性を確保し、システム全体を安定稼働させるだけでも大変な労力を要しただろう。

そして、1973年、チリで軍事クーデターが発生し、社会主義政権は崩壊した。これにより、プロジェクト・サイバーシンも突然の中断を余儀なくされ、その成果の多くは破壊されるか、散逸してしまった。歴史のifを想像させる、悲劇的な幕切れだった。

しかし、プロジェクト・サイバーシンが残した思想と構想は、決して無駄ではなかった。今日のシステムエンジニアを目指す皆さんにとって、この物語は多くの教訓を与えてくれる。

まず、データの力を信じ、それに基づいて意思決定を行う「データ駆動型ガバナンス」という概念は、今や世界中で当然のように語られている。政府や企業がビッグデータを収集し、AIで分析し、リアルタイムで政策や戦略に反映させることは、もはや珍しくない。プロジェクト・サイバーシンは、そのはるか以前にこのビジョンを打ち立てていたのだ。

また、IoT（モノのインターネット）の概念にも通じる部分がある。当時はテレタイプ端末だったが、工場や設備から直接データを収集するという発想は、現代のセンサーやネットワークデバイスが情報を集める仕組みと本質的に同じだ。国全体の経済活動をデジタルモデルで表現し、シミュレーションを行うことは、現代で言う「デジタルツイン」の初期的な試みとも言えるだろう。

さらに、人間とコンピューターが協調して意思決定を行うオプスルームの設計は、現代のコラボレーションツールやデータ視覚化、ユーザーエクスペリエンス（UX）デザインの重要性を示唆している。どんなに高性能なシステムでも、それが人間の理解や行動に結びつかなければ意味がないということを、彼らは当時から理解していたのだ。

プロジェクト・サイバーシンの物語は、技術の限界に挑戦し、社会課題を解決しようとしたシステムエンジニアたちの情熱と創造性を示している。同時に、技術プロジェクトが単に技術的な側面だけでなく、政治、経済、社会、そして倫理的な側面とも密接に絡み合っていることを教えてくれる。システムエンジニアは、単にコードを書くだけでなく、そのシステムが社会にどのような影響を与えるかを深く理解し、幅広い視点を持つことが求められるのだ。この古くて新しい物語は、未来のシステムエンジニアが直面するであろう課題に対する、貴重な示唆を与え続けている。