【ITニュース解説】Congress and Trump may compromise on the SLS rocket by axing its costly upper stage
2025年09月09日に「Ars Technica」が公開したITニュース「Congress and Trump may compromise on the SLS rocket by axing its costly upper stage」について初心者にもわかりやすいように丁寧に解説しています。
ITニュース概要
NASAの月探査で使うSLSロケットは、1回の打ち上げに40億ドルという莫大な費用がかかる。このコスト問題から計画の持続が危ぶまれており、性能を向上させる高価な上段部分の開発を中止する妥協案が米政府と議会で浮上している。(117文字)
ITニュース解説
NASAが進める有人月探査「アルテミス計画」の中核をなす巨大ロケット「SLS(スペース・ローンチ・システム)」について、その将来計画を大きく変更する可能性が浮上している。背景にあるのは、1回の打ち上げに40億ドル、日本円にして6000億円以上もかかるという、あまりにも高額なコスト問題である。このままでは計画の継続が困難になるとの懸念から、アメリカ議会と政府の間で、ロケットの性能向上計画の一部を中止することでコストを削減し、計画自体を存続させるという妥協案が検討されている。
SLSは、アポロ計画で使われたサターンVロケット以来となる、人類を月やさらに遠い火星へと運ぶために設計された超大型ロケットである。このロケットは、複数の「段(ステージ)」で構成されており、1段目のメインエンジンで地上から打ち上げられ、燃料を使い切ると切り離される。その後、2段目にあたる「上段ステージ」が点火し、搭載している宇宙船や貨物を目的の軌道まで運ぶ役割を担う。現在、SLSにはいくつかのバージョンアップ計画が存在する。初期の「ブロック1」と呼ばれるモデルから、より重い物資を月へ運べるように性能を向上させた「ブロック1B」というモデルへの移行が計画されていた。この性能向上の鍵を握るのが、「EUS(Exploration Upper Stage)」と呼ばれる、新しく開発される高性能な上段ステージだった。しかし、このEUSの開発にはさらに数十億ドルの追加費用と長い年月が必要とされており、SLS全体のコストを押し上げる大きな要因となっていた。
今回のニュースで報じられている妥協案の核心は、この高コストなEUSの開発計画を中止するというものである。EUSの開発を断念することで、莫大な追加開発費を削減し、SLSの1回あたりの打ち上げコストの上昇を抑制することが狙いだ。これは、アルテミス計画そのものを中止するという最悪の事態を避けつつ、財政的な持続可能性を確保するための現実的な選択肢として議論されている。つまり、ロケットの性能向上を一部諦める代わりに、計画全体を前に進めようという政治的な判断である。
もしEUSの開発が中止されれば、アルテミス計画の進め方、すなわちミッションの「アーキテクチャ(構成・設計思想)」が根本から変わることになる。本来、EUSを搭載した強力なSLSブロック1Bがあれば、宇宙飛行士が乗る「オリオン宇宙船」と、月面への着陸に使う「月着陸船」などの大型機材を、一度の打ち上げでまとめて月周回軌道まで送り届けることが可能になるはずだった。しかし、性能が劣る既存の上段ステージを使い続ける場合、一度に運べる重量が大幅に制限されるため、この「全部乗せ」方式は不可能になる。その代替案として有力視されているのが、ミッションを複数回に分割して打ち上げる方式である。例えば、まずSLSで宇宙飛行士の乗るオリオン宇宙船を打ち上げる。そして、月着陸船やその他の必要な物資は、別のロケットで打ち上げておく。その後、両者が宇宙空間で合流し、ドッキング(結合)することで、月に向かうというシナリオだ。この追加の打ち上げには、SpaceX社のスターシップやファルコンヘビーといった、民間企業が開発した、より低コストな商用ロケットが活用されることが想定される。
この計画変更は、システムエンジニアリングの観点から見ると非常に興味深い。一つの巨大で万能なシステム(高性能なSLS)にすべてを依存する中央集権的なアプローチから、複数の異なるシステム(SLS、民間ロケット、オリオン、月着陸船)を連携させて一つの目的を達成する分散的なアプローチへの転換を意味するからだ。この転換により、システム全体の設計はより複雑になる。例えば、異なる組織が開発したロケットや宇宙船を、宇宙空間で確実にドッキングさせるための共通の規格(インターフェース)を定めなければならない。また、複数の打ち上げタイミングを正確に調整し、軌道上でのランデブーを成功させるための緻密な運用計画と、それを支える高度な管制ソフトウェアが不可欠となる。さらに、一つのシステムに障害が発生しても、他のシステムで補うといったリスク管理も、より複雑なものになるだろう。このように、高コストという制約条件が、プロジェクト全体の設計思想そのものを変え、結果として新たな技術的課題を生み出すことは、大規模なシステム開発では頻繁に起こる。今回のSLSを巡る議論は、宇宙開発という最先端分野において、技術的な理想だけでなく、経済性や政治的な実現可能性といった多様な要素を考慮し、システム全体として最適な解を導き出すという、システムエンジニアリングの本質的な難しさと重要性を示している事例と言える。